建築史家でまちづくりオルガナイザーこと、九州大学藤原惠洋(ふじはらけいよう)名誉教授の活動と、通称ふ印ラボ(ここで「ふ」の文字は意味深長なのでちょっと解説を。ひらがなの「ふ」は「不」の草体。カタカナの「フ」は「不」の初画を指しています。そのまま解釈すれば「つたない」かもしれませぬ。しかし一歩踏み込んで「不二」とも捉え「二つとないもの」を目指そう、と呼びかけています。ゆえに理想に向けて邁進する意識や志を表わすマークなのです。泰然・悠然・自然・真摯・真面目・愚直を生きる九州大学大学院芸術工学研究院芸術文化環境論藤原惠洋研究室というわけ、です!)の活動の様子をブログを介して多くの同人・お仲間・みなさまにお伝えしています。 コミュニケーションや対話のきっかけとなるようなコメントもお待ちしております!
 藤原先生 みなさま こんにちは。ご無沙汰しております。九大芸工藤原研究室におりましたいわいちかです。お元気ですか。
 2026年5月2日(土)に栃木県小山市の駅前にある小山シネマロブレで ドキュメンタリー映画「ユートピアの力」と「誓い 建築家B・V・ドーシ」を観ました。藤原先生は、2月中旬から3月下旬までインドに滞在しており、この映画の舞台ともなったチャンディーガルにもフィールドワークに行かれた模様で、私はインドまでは行けないけど、映画なら見たいと思いました。これは映画をみての私の感想です。建築分野だけでなく、他の領域にも関係することが描かれていたと思うので、おすすめの映画です。
 「ユートピアの力」は、インド・チャンディーガルにおける建築家 ル・コルビュジエ(1887-1965)による都市計画の話で、「誓い 建築家B・V・ドーシ」はその弟子・インド人建築家バルクリシュナ・V・ドーシ(1927 - 2023)の建築家としてのインドでの歩みをドキュメンタリーにしたものです。

 「1947年インドはイギリスから独立し、パキスタンとも分離した。パキスタン側に編入されたラホールに代わる新たな州都をつくることが求められ、新しい州都チャンディーガルを建設することが決定した。州都建設にあたり、初代首相ネルーは過去の伝統に縛られない民主主義を標榜する近代的な都市をつくることを決め、それを1950年コルビジェに託した。それがチャンディーガル都市の創造である。コルビュジエがチャンディーガル都市計画を引受ける条件として、従兄弟のピエール・ジャンヌレが現地で監督をするというのがあったそうだ。コルビジェの考えを翻訳し、具現化させ、調整する現場の責任者として彼の役割は重要だったと思う。
 チャンディーガルはヒューマンスケール(モデュロール)のユートピアとして構想されたそうである。無計画に膨張する都市ではなく、コルビジェはこの都市に秩序と文化と自由を与えたように見えた。映画ではアーティスト活動をしている人々がよく出てくる。都市は建物自体ではないし、誰かの脳内でできたものでもない。その土地に暮らす人々の日常の営みや自然環境や考え方が、個々の身体を介して感じ取ることができるのが良いまちではないか。この映画で描かれるチャンディーガルはそんなことを思わせる。
 チャンディーガルでは、エリアを人体に見立て、商業の中心部を心臓、緑地帯と公園を肺、道路を循環器系としている。そして、都市をグリッドで区切ってセクターという単位を設け、道路システムを7つの階層に分け、人と自動車の交通を分離し、緑地を整備し湖を造り、建築の規則を細かく定めた。交通渋滞はないという。
 高等裁判所、議会棟、行政庁舎、オープン・ハンド・モニュメント、影の塔と呼ばれる建造物群はキャピトル・コンプレックスと呼ばれ。世界遺産の構成資産だ。今も使われている建物と、もう使われておらず地元の人も日常的に入ることのできない建物があり、今後の保存や使用をどうするのかについて課題が投げかけられていた。
 建設当時のチャンディーガルには、未来へ向けた新しい都市をつくるというコルビジェの理想と意欲があったように見えるし、それを現地に住む人々が完成させるという理念があったように思える。映画ではこの都市計画を「創造的アプローチ」と表現していた。そして、住む人々が自分の住むエリアに慣れて、力をつけてくると地元への愛着や主体性が生まれると言っていた。そうだそのとおり。他の誰かのものである限り、地域への愛着も主体性も生まれてこない。コルビジェのまちであるというだけではいけないと思う。その意味でこの映画にしばしば登場する文化的な活動をしている人々の意味は大きい。
 しかし、70年前につくられたこのまちは50万人規模を想定したもので、現在は人口が集中して100万人都市になり、当初想定していなかったスラム街ができたそうだ。どのエリアに住んでいるかで経済的な出自・位置づけが明らかになってしまう。経済格差が大きくなってしまった現在では、格差の固定化が進んでいるようにも見えた。この映画のナビゲーター役のコルビジェセンターの方は富裕層エリアで大きな家に住み、子どもたちを海外の学校に入れているということだった。また、土地の価格が昔と比較して上がってしまっているので、当初からチャンディーガルでお店を営む店主は、経営が大変だと言っていたし、当初とは違う種類のお店が並ぶようになったとも言っていた。
 当初のコルビジェのユートピアの理想・壮大な実験は、70年を経て、現在はどうなったといえるのか。また、今後どうしていくのか興味深い。

 もう一つの映画「誓い 建築家B・V・ドーシ」は、チャンディーガル計画に従事し、アーメダバードで、「サラバイ邸」「繊維業会館」他の建物のチーフアーキテクトで、ルイス・カーン設計のインド経営大学の建築にもかかわったバルクリシュナ・V・ドーシが主人公である。
 ルイス・カーンが「レンガはこう使われたがっている」とレンガを擬人化して講演している映像がでてきたが、これが非常に面白い。コルビジェの設計手法に関するドーシの説明にもあったが、設計は初めから全体すべてを神の目で見通して設計するのではなく、増殖的に「あれはどうする、これはどうする、これをつくるにはこれをそっちに移動しよう」と自己対話をしながらつくりあげるものらしい。この映画冒頭でドーシが「建築はストーリーテリング、それは旅であり、対話である」と言っていたのに重なる。
 インド経営大学のレンガの積み上げは、現地の人々(女性もいた)が原始的な方法で行っている映像がでてきた。あんな原始的な方法でこのレンガ建築の大学の円形穴部分ができるのかとびっくりした。ルイス・カーン建築のこのインド経営大学はどこか私の母校の大学院(九州大学芸術工学府)を想起させる。
 ドーシは西洋の秩序あるモダニズムを体得し表現できると思うが、(私が最も好きな小説)EMフォースター『インドへの道』を読むと、インドは混沌としたまちとして描かれていて、秩序や明解な解決はない。ドーシは西洋のモダニズムを理解しながらもインドの風土や考え方、現状、社会的な事実にあった建築を目指したと思う。それがこの映画のタイトルにある「誓い」かもしれない。コルビジェが都市計画で理想を描いたのなら、ドーシはインドという母国の土地で、地に足のついた建築をしてきたように思う。」

  この映画は建築の分野だけでなく、他の領域にも使えそうな考え方があると思うので、是非ご覧下さい。以下は映画の広報URLです。

  特集上映「ル・コルビュジエとドーシ インドのモダニズム」公式サイト


【追記:ドーシの方の映画を5月6日にもう一度みていくつか発見があった。以下】

 インドは1858年ー1947年までイギリスの植民地だった。バルクリシュナ・ドーシは、1927年生まれで、20歳まではイギリス統治下だったと思う。 植民地で被支配者として生きるということは、どういうことなのかわからないが、この映画では、ドーシの「インドの恵まれない人々にとって、尊厳のある暮らしができるように、経済的に良くなれば、施しを受ける側から、施しをする側になるように」という人間としての思想がよく伝わってきた。この人の中には、基本的に、人間への敬意があるように見えた。人間の暮らしや人生を良くしていくための方便として建築を選んだように見えた。建築は主人公ではないのだ。人間が主人公なのだ。

1)扉がない建物:光と風が通る
映画で紹介されているドーシ建築の建物内部には、ほとんど扉がないようにみえる。アーメダバードのCEPT大学。入り口は一つなのに、大き目の階段が二つあった。合理的考えであれば必要がないと思うが、「インド映画では木のまわりを男女で踊っているだろ、若者にも楽しむ場所が必要だ」そんなことを言っていたような気がする。合理的のみがあり方ではないと思った。
 
2)地下・半地下の構造:
①アーメダバードのインド学研究所では舟をイメージしたそうで、ジャイナ教の古い文書は地下に設置し、上部で勉強をする。
②ドーシの事務所サンガ―スは、共に働くという意味を持っているそうで、かまぼこ型の屋根や周囲は緑がたくさんある。初めてここに行く人は扉がどこにあるのかわからず、ウロウロするようだ。目的の場所にたどり着けるかわからない。木や草が多く、密林仕立て。そんな中でドーシは瞑想していた。
 
3)低コストの家(低所得層向け):アランヤ低コスト住宅プロジェクト
 映画では敷地の上にトイレ・水道・キッチン・電気という最低限のもののみ用意された狭い家で、そこから住人の経済状況や家族構成の変化に応じて、自分たちでセルフメイド・セルフビルドしていくという発想だった。ここに住む人が今でも家の部分をつくっていた。

4)建物だけでなく、エリアととらえ、農村のようにしたい。
研究所:卓球台などまで置いた棟があった。建物上から下の劇場のようなスペースを見ることができる。

5)「建築は背景である」とドーシ本人が言っていた。

6)「交流」という言葉がよく出てきた。

7)子どもの頃は、祖父と父親が家具職人だったため、よくその工房に行き、祖父にかわいがってもらったそうた。この時の経験からか、家族から与えられる安心感がとても重要だとドーシ本人が言っていた。

ドーシのつくった建物は、現代の感覚に非常にマッチしているように見える。環境問題、暑さ対策、電気、経済格差、社会制度・社会問題を建築で乗り越えようとしているところ。今の日本に必要な考え方ばかりである。なんとか日本でもやってもらえないだろうか。

以下は映画に出てきた主な建物

アーメダバード
設計:ルイス・カーン、現場管理者:ドーシ
 インド経営大学アーメダバード校(1962-1974)
設計:バルクリシュナ・ドーシ
   インド学研究所(1957-1962)
   シュレヤス総合学校(1958ー1963)
   ドーシ自邸(1959ー1963)
   CEPT大学(1962—1968)
   プレマバイ・ホール(1972ー1976)
   サンガト(1979ー1980)

インドール
設計:バルクリシュナ・ドーシ
   アランヤ低コスト住宅プロジェクト(1983ー1989)

ベンガル―ル
設計:バルクリシュナ・ドーシ
   インド経営大学バンガロール校(1977ー1992)
   

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