第84回西日本文化賞の受賞者が決まりました
2025年10月7日
今年の第84回西日本文化賞の受賞者(4部門に4個人)が決まりましたので、お知らせします。
贈呈式は2025年11月3日(文化の日)に福岡市で行います。12月7日(日)には福岡市・天神のアクロス福岡国際会議場で受賞記念講演会を開きます(聴講無料)。※年齢は11月3日時点
【正賞 学術文化部門】
氏名;小畑 弘己(おばた・ひろき)氏 66歳 (受賞者の概要はこちら)
肩書;熊本大学名誉教授
件名;土器中の植物の種や害虫の痕跡を調べ、縄文時代の植物栽培を立証した功績
【正賞 社会文化部門】
氏名;毛利 一枝(もうり・かずえ)氏 81歳 (受賞者の概要はこちら)
肩書;装丁家
件名;福岡を拠点に多くの書籍の装丁を手掛け、地域出版文化の発信に貢献した功績
【奨励賞 学術文化部門】
氏名;菊池 良和(きくち・よしかず)氏 47歳 (受賞者の概要はこちら)
肩書;九州大学病院耳鼻咽喉・頭頚部外科助教
件名;吃音症の研究と正しい知識の啓発を進め、多様性を支える社会の形成に努めた功績
【奨励賞 社会文化部門】
氏名;國盛 麻衣佳(くにもり・まいか)氏 39歳 (受賞者の概要はこちら)
肩書;美術家
件名;炭鉱をテーマとした美術表現と文化史研究で、産炭地のイメージを捉え直した功績
今回の受賞により、西日本文化賞の表彰件数は406件、個人381人、団体46となります(1件で複数受賞のケースあり)。
12月7日に 受賞記念講演会を開催します
2025年12月7日(日)午後1時から、福岡市中央区天神のアクロス福岡4階 国際会議場で、受賞記念講演会を開催します。正賞受賞者の小畑弘己氏、毛利一枝氏、奨励賞受賞者の菊池良和氏、國盛麻衣佳氏の講演を予定しています(菊池氏はオンラインで参加予定)。聴講無料です。午後5時過ぎ終了予定。こちらからお申し込みください。
社会文化部門で奨励賞を受賞し、スピーチする國盛麻衣佳さん=3日午後0時44分、福岡市・天神(撮影・米村勇飛)

地域文化の発展に寄与した九州・沖縄ゆかりの個人・団体を顕彰する第84回西日本文化賞(西日本新聞文化財団主催)の贈呈式が文化の日の3日、福岡市・天神のソラリア西鉄ホテル福岡であった。
次世代育成し、社会に貢献
北原白秋ら教科書に出てくるような方々が受賞された賞をいただき、身に余る光栄。休日も家を空ける生活で、この40年の研究は家族、特に妻の協力と我慢の上に成り立っている。感謝したい。
研究は成功よりも失敗の連続で、コクゾウムシを飼育するなんて、と学生には不人気。考古学と科学をつなぐ、マイナーでチャレンジングな分野だが、今回の賞はこうした研究を前に進めよという神の声に思える。
エックス線を用いた調査法で、博物館などに残された未分析の土器に挑み、社会実装を目指している。次世代育成も含め、社会に貢献したい。
本作り知られるきっかけに
【社会文化部門】装丁家・毛利一枝さん
このたびは栄えある賞を賜りまして誠にありがとうございます。84年の西日本文化賞の歴史で初めて装丁という分野で受賞させていただいたということで、少しでも本と本作りのことを知っていただける機会になればうれしいです。
1983年に1冊の本の装丁を初めてしました。2年前に亡くなられた鈴木召平さんの「北埠頭」という本でした。渡辺京二さんの「逝きし世の面影」や石牟礼道子さん、森崎和江さんの本の装丁をさせてもらうきっかけになりました。
一冊一冊、先のことは全く考えずにやってきて、あっという間の42年でした。根が地に足がつかない人間ですが装丁だけは続けてこられたことが不思議です。
もし「なぜあなたは装丁をするのか」と聞かれたら「好奇心」と答えます。私にとって好奇心とは生きることと同義語です。81歳になり、なおさら今を大事にして装丁をやっていきたいと思っています。
吃音ある人の選択肢広げる
奨励賞【学術文化部門】九州大病院助教・菊池良和さん
吃音のある人は、多くの時間は
吃音があると、人生の選択肢がせまくなる。私は中学1年のとき、この悩みを解決するために医者になろうと思い猛勉強したが、医学部受験で困った。当時、九州では九州大以外の医学部受験では面接があった。九州大を3回受験して、やっと合格できた。
医学部に入っても医師になっても、だれも吃音のことを教えてくれなかったが九州大病院耳鼻咽喉・頭頸部外科入局時に「吃音の研究をやったらいい」と後押しされ、海外の情報を日本に紹介することができた。
私は選択肢の少ない中、運良く活動を続けてこられた。私と同じように、人生の選択肢が少ないと悩んでいる吃音のある人に、選択肢のある人生を歩むお手伝いをしている。医師になって20年。奨励賞を励みに頑張っていきたい。
重厚長大な炭鉱の歴史表現
奨励賞【社会文化部門】美術家・國盛麻衣佳さん
私はかつて国内最大規模だった三井三池炭鉱を有した福岡県大牟田市に生まれ育ち、私の曽祖父、祖父母も炭鉱に関係する仕事に従事した。石炭産業は著しい発展と衰退とともに激動の歴史を歩み、さまざまな文化も生んできた。一方で、私が多感な頃は既に閉山後で、地域を誇らしく語る風潮はなく、「負の遺産」とまで言われていた。
そのような中、私自身が地域との関係性やアイデンティティーを模索したときに苦労した。そういったことが次世代にはなければいいなと思い、石炭を砕いて絵の具にし、子どもたちに伝えていくワークショップを始めたのが、大学4年生のときだ。
産業のために生まれた地域における文化の成り立ちを研究する上で一番助けられたのが、西日本新聞などの地域紙や職場の機関紙、市井のサークル紙。日々の小さな暮らしを温かい目で記し続けることが歴史につながっていくという、多くの示唆をいただいた。
受賞の連絡は次女を出産する直前だった。母親業は全てをなげうつ時間も多く「私の拙い美術活動のキャリアはここまでだ」と思うが「もっと頑張りなさいよ」とチャンスと励ましをくださりうれしく思う。
炭鉱の歴史は重厚長大で、人生をささげた先達の方たちも数多くいらっしゃる。私自身は小さい存在だが、受賞を栄誉として受け止め、精進してまいりたい。
















