建築史家でまちづくりオルガナイザーこと、九州大学藤原惠洋(ふじはらけいよう)名誉教授の活動と、通称ふ印ラボ(ここで「ふ」の文字は意味深長なのでちょっと解説を。ひらがなの「ふ」は「不」の草体。カタカナの「フ」は「不」の初画を指しています。そのまま解釈すれば「つたない」かもしれませぬ。しかし一歩踏み込んで「不二」とも捉え「二つとないもの」を目指そう、と呼びかけています。ゆえに理想に向けて邁進する意識や志を表わすマークなのです。泰然・悠然・自然・真摯・真面目・愚直を生きる九州大学大学院芸術工学研究院芸術文化環境論藤原惠洋研究室というわけ、です!)の活動の様子をブログを介して多くの同人・お仲間・みなさまにお伝えしています。 コミュニケーションや対話のきっかけとなるようなコメントもお待ちしております!

20241205 朝日新聞

(交論)自由か平等か、高校教育 鈴木寛さん、松岡亮二 


近く学習指導要領の改訂が諮問される。進路も学力も大きく分かれる多様な生徒を対象とする高校教育は、自由と平等のどちらに軸足を置くべきか。教育のあり方をめぐる約10年に1度の議論が始まる機会に、考えるヒントを識者2人に語ってもらう。(聞き手・各務滋)

 好きな科目に絞り、自発的な学び 鈴木寛さん(元文部科学副大臣)

 ――高校は生徒が本当に好きな3~4科目をじっくり学べばいい仕組みに変えた方が良いと専門紙「教育新聞」で提言しました。

 「人工知能(AI)が普及して知識はAIが教えてくれる時代になりました。これから大切なのは答える力より問う力。問題意識です。ところがOECD(経済協力開発機構)の学力調査で、日本の15歳は成績こそトップクラスですが、一番大事な自発的に学ぶ意欲に欠け、自己肯定感も低いとの結果が出ています。加えて、大人になって最も学ばないのが日本人です。ほぼ全ての人が受ける教育の最終ステージである高校のあり方は、ドラスティックに見直す必要があります」

 ――何が原因でしょう。

 「これまでは入試で脅して苦行を強いてきた。まさに『勉強』です。志願倍率が高かったから機能してきましたが、少子化で高校も大学も希望者はどこかにはほぼ入れるようになり、入試による外発的動機付けは成立しなくなりました」

 「自己肯定感を高めるには、小さな成功体験を積み重ねることです。自分たちの学びは自分たちで改善する。教師や校長にそのための意見や提案を伝え、実現する。高校は9割以上の人が行く一番身近な社会です。『世の中』を良く出来たという体験が自己有用感や肯定感に直結します。現状はそれがない。それどころか、好きでもない教科を強いられ、嫌いなことを耐え忍ぶ忍耐力の養成の場になっています。難関大の受験に8科目必要な生徒は仕方ないとして、他の生徒たちにまで同じことを義務づけるのは適切でしょうか」

 ――学ぶ科目を絞ると、どう変わりますか。

 「毎日好きな科目の授業がある。続きをやりたい、知りたいと生徒は思えるでしょう。科目を絞るので科目あたりの授業時間が倍になる。じっくりしっかり学べる。だから身につく。実際、英国の「Aレベル」という高卒認定資格・大学入学資格の制度では、たとえば美術・生物・化学の3科目の履修で難関大学が受験できるのです」

 ――「好き」を突き詰めれば学ぶ意欲がわく。魅力的な発想です。一方で気になるのは、就職する生徒たちのことです。仕事に必要な能力として企業から求められるのは、読み書き計算のような基礎学力ではないでしょうか。

 「それはその通りです。しかし、では今の国語や数学の勉強のしかたを続けていて、読み書き計算が身につくでしょうか。必要なのは科目横断的な、探究を軸とした基礎学力だと思います。たとえば私が相談に乗った教師の教え子は、建設機械の免許を取るという目標が出来たら、教本に出てくる漢字はみんな覚え、エンジンの構造を理解するために数学も勉強するようになりました」

 ――早い段階で学ぶ科目を絞ると進路の幅を狭めてしまいませんか。あとから「やっぱり進学したい」などと気が変わっても、変更が利かないのでは。

 「リスクはありますよ、それは。でも、建設機械免許のために数学も化学も物理も学んだ人は、進路を変えても相当応用可能ですよね。身につける必要があるのは、どの教科でも探究と論理的思考ですし」

 「そもそも、今でも受験科目の少ない大学を受ける生徒は受験科目以外を捨てている実態がある。捨てているのに、やらせている。どうせ気持ちが入っていない『勉強』に、16~17歳の貴重な時間を割かせるのはおかしくないですか」

 ――提言では、全国共通に指導すべき内容を強いる学習指導要領は、高校に関してはもう不要ではないかと。思い切った主張です。

 「こうした現状に何の疑問も示さない大人の姿を、子どもたちに見せるわけにはいきません。近く中央教育審議会で、高校を含む学習指導要領の改訂に向けた議論が始まります。10年に一度のこの機会に、問題提起することにしました」

 「そもそも、ひとりとして同じ人生を歩む人はいません。生徒の半分が難関大に進む高校から就職主体の高校まで全ての高校に、一つの指導要領を当てはめるのは無理がある。形式的な平等主義から卒業するべきです。高校は義務教育ではないのですから、指導要領がなくてもいい」

 「私が大臣補佐官のときにまとめた人材育成の報告書でも、一人ひとりにあった『公正に個別最適化された学び』をすでに打ち出しています。10年間やってきたことの延長線上にあるのですから、唐突な話ではないと思っています」

     *

 すずきかん 1964年生まれ。東京大学大学院教授(公共政策)。文部科学省では副大臣を退任後も大臣補佐官などを務め、学習指導要領の改訂や大学入試改革に取り組んだ。


 自己選択の名の下、階層化拡大も 松岡亮二さん(教育社会学者)

 ――高校では本当に好きな科目に絞って狭く深く学んだ方が、学ぶ意欲が高まるという議論があります。

 「何が自由な意思による選択かというのは難しい問題です。本人が選択した科目を学ぶ『Aレベル』という制度を持つ英国の研究では、世帯収入や保護者の学歴、職業的地位などが高くて社会的・経済的に恵まれた家庭の子は、大学進学につながりやすい科目を選択する傾向が指摘されています。それは自分の意思なのでしょうか、それとも、そういう科目選択をしないと難関の大学に行けないという親の期待や助言を読み込んで選んでいるのでしょうか。幼いころから自宅の本棚に親の本がたくさんあるといった文化的環境の中で育ち、大卒の親との会話や読書や習い事を通じて『自然に』進学に役立つ科目に興味を持つこともあるでしょう」

 「英国の研究によると、選択可能な科目には学校間で差があります。社会経済的に恵まれた地域の高校には用意されている科目が、それ以外の高校にはない傾向がデータで確認されています。社会経済的に厳しい地域だと難易度の高い科目を選択する生徒が少ないので、予算や人員の制約もある以上開講されない。これだと選びたくても選べないのですから本人の興味の有無の問題ではありません」

 ――生徒の選択に委ねる考え方は魅力的な半面、進路を選ぶ時になって不都合が生じる気もします。

 「もしも選抜が一切ない社会であれば、興味関心に従って好きな科目を好きなペースで学ぶのは良いことかもしれません。ただ、進学や就職では選抜を避けることができません。そのうえ、自己責任の問題が生じます。進学の道が難しくなる科目を選んだのが生徒本人である以上、将来不満足な職業や収入になったとしても『好きで選んだのだから』と切り捨てられ得ます。自己選択の名の下に出身家庭の社会経済的地位(SES)による階層化が拡大しても不思議ではありません。英国などの実証研究を踏まえて議論する必要はないのでしょうか」

 「むしろ教育方法などを工夫したうえで高校を義務教育にするべきだという議論もあってよいと思います。科学技術が発展して、より高度な抽象的な概念を理解していないと人工知能などに使われる側になってしまうかもしれません。押しつけになるかもしれないけれども、費用は国が負担したうえで、学ぶべき人類の英知は一通り知る機会があったほうがよいという考え方もあります」

 ――日本の子どもたちは自己肯定感が低いとしばしば指摘されます。

 「たとえば国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)の2023年調査の中2の結果を見ると、日本は『数学が好き』に強く同意する生徒らの割合が低い社会の一つです。どの社会でも同意しているほうが高学力ですが、日本の数学が好きではない子たちでも、米国の『好き』に強く同意する子たちより平均的に高学力です。数学を好きになったり学習が楽しいと感じたりすることは望ましいといえるでしょうが、国際比較はデータの全体像をふまえてすべきです。むしろ考えなくてはならないのはSES格差です。多くの国内のデータは、社会経済的に恵まれていない子たちが学習に肯定的な感情を持っていない傾向を示しています」

 ――高校の偏差値と生徒のSESは相関しており、高校入試が生徒を振り分ける機能を果たしている、と著書で指摘しました。一方で、学校間の差を緩和しようとした過去の入試改革は成功しませんでした。

 「出身家庭のSESによる格差の問題は、高校の時点で対策を考えたのでは遅いと思います。小学校入学の時点で親の学歴によって基礎的な学習技能に格差があり、小4の段階で明確な学力格差と大学進学期待格差があります。幼児教育などの早い段階で対策を打ち、出身家庭や出身地域といった子ども本人に変更不可能な生まれによって学力や興味関心に目立った差がない社会を目指して努力すべきではないでしょうか。大切なのはデータを取り、実態把握に基づいて政策を作り、効果検証を行うサイクルを回すことです」

 「個々の教育政策だと万能薬にはなり得ません。自由と平等の一方に過度に軸足を置く政策を選ぶと、もう片方の価値を損なう可能性が強いことを自覚したうえで、一人でも多くの子の無限の可能性を最大化する包括的な政策パッケージを議論すべきだと思います」

     *

 まつおかりょうじ 龍谷大学社会学部准教授。著書に「教育格差――階層・地域・学歴」(ちくま新書)、共編著に「東大生、教育格差を学ぶ」(光文社新書)、「現場で使える教育社会学」(ミネルヴァ書房)。

 

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松谷創一郎(ジャーナリスト)

 

 

20241251717分 投稿

【視点】

 鈴木寛氏と松岡亮二氏の「交論」は、その違いが鮮明でありながら、双方とも説得力のある興味深い対論となっています。その点でこの人選は見事です。 私自身、この議論に対してふたつの立場から共感と理解を持ちました。
 まず、かつて教育を受けたひとりの「元・生徒」としては、鈴木氏の主張に強い共感を覚えました。一方で、中堅私大で3年間非常勤講師として教壇に立った経験からは、松岡氏の指摘にも深く納得できるものがありました。
 とくに注目すべきは、「意欲」についての両者の捉え方の違いです。 鈴木氏は意欲をすべての子どもが本来的に持つものとして捉えているように見受けられますが、松岡氏は親の社会経済的地位(SES)による影響を重視します。
 この点に関しては、松岡氏の論の方がより説得力があると感じます。実際の教育現場では、意欲を持てない学生が少なからず存在し、むしろ過半数の学生が意欲を持つこと自体を自主規制しているかのような印象すら受けます。彼らの多くは、与えられた状況をいかにしのぐかということに注力しているように見えます。
 しかし同時に、意欲を持ちながらも周囲への同調を求められ、ストレスを抱える学生も確かに存在します。周囲に足を引っ張られて、十全に自分の力を伸ばすことができないひとは少なくありません。私自身も若いころはまさにそうでした。鈴木氏の主張に強く共感するのは、能力を伸ばすチャンスを奪われていたという個人的な記憶に基づいています。
 この問題は、より広く日本社会の課題として捉えることができます。長期にわたる社会の低迷は、1980年代までの成功体験から次のステージに移行できない社会全体の「イノベーションのジレンマ」の表れといえるでしょう。たしかに、強いカリスマ性とイノベーションで社会を牽引するような人材が育ちにくい環境でした。
 一方で、日本社会が低迷しながらも安定を保っているのは、意欲の有無に関わらず、多くの人々が十分な能力(学力)を備えているからだと考えられます。TIMSSPISAの調査結果が示す日本の高い基礎学力は、その証左といえるでしょう。
 そこで当然求められるのは、能力と意欲の両立です。これまで日本は前者に重点を置き、後者がおろそかになってきたことは以前から指摘されてきました。かつての「ゆとり教育」も、個性化教育を通じて意欲を伸ばすことを目指していたと解釈できます。 ただし、意欲があっても能力が伴わなければ、それは単なる「意識高い系」に終わってしまいます。縦軸を能力、横軸を意欲とすれば、右下の象限に位置するのが「意識高い系」です。 能力と意欲──この両者のバランスをいかに取るかがやはり課題なのだと思わされます。


 

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