建築史家でまちづくりオルガナイザーこと、九州大学藤原惠洋(ふじはらけいよう)名誉教授の活動と、通称ふ印ラボ(ここで「ふ」の文字は意味深長なのでちょっと解説を。ひらがなの「ふ」は「不」の草体。カタカナの「フ」は「不」の初画を指しています。そのまま解釈すれば「つたない」かもしれませぬ。しかし一歩踏み込んで「不二」とも捉え「二つとないもの」を目指そう、と呼びかけています。ゆえに理想に向けて邁進する意識や志を表わすマークなのです。泰然・悠然・自然・真摯・真面目・愚直を生きる九州大学大学院芸術工学研究院芸術文化環境論藤原惠洋研究室というわけ、です!)の活動の様子をブログを介して多くの同人・お仲間・みなさまにお伝えしています。 コミュニケーションや対話のきっかけとなるようなコメントもお待ちしております!

【手しごと未来へ 天草大陶磁器展20回㊤】窯元が運営、手作りの価値発信

熊本日日新聞 2024111 22:30

日本一の陶石の産地、天草市で毎年秋に開かれる「天草大陶磁器展」が20回目を迎えた。「陶石の島から陶磁器の島へ」を掲げ、熊本県内最大級の陶磁器展示即売会に成長。それぞれの窯元が後継者育成や陶磁器の魅力発信に力を入れ、「1世代限りのブームで終わらせない」と、これからを見据えている。

 1日、天草市民センターは、大陶磁器展の開幕と同時に焼き物ファンが多数訪れ、熱気にあふれていた。主催する天草陶磁器の島づくり協議会の岡部祐一会長(53)は「客足も出展者も回を重ねるごとににぎやかになってきた。地元の窯元のみんなと大きなイベントに磨き上げることができ、感慨深い」と会場を見渡した。

 陶磁器展は、2000年に天草であった熊本県民文化祭の関連行事としてスタート。04年に現在の形となり、初回は33窯元が出展した。その後、全国に知れ渡るようになり、今年は北海道から九州まで98窯元が一堂に会した。

 出展料は、定額ではなく売り上げに応じて設定。小さな窯元も参加しやすくなり裾野が広がった。運営の主体を窯元が担うことで、窯元同士のつながりも深まっているという。昨年の売り上げは約5200万円と、第1回の10倍に拡大。集客も好調で、毎年1万~2万人を集める。岡部さんは「出展者にも雰囲気が良いと評判。シンポジウムのほかマルシェや郷土芸能のステージもあり、天草全体の良さを発信できている」と話す。

 天草陶石の採掘は江戸時代に始まった。成分バランスに優れ、陶石だけで焼き物ができるほどの質の良さ。国内で産出する磁器原料の8割を占め、全国各地から注文が相次ぐ。

 良質な材料は窯も育て、江戸時代には高浜焼寿芳窯(天草市天草町)、水の平焼(同市本渡町)、丸尾焼(同市北原町)が開窯、昭和の内田皿山焼(苓北町)と続く。1980年代以降は次々と窯が開かれ、今では天草21町に約30窯元がある。

 陶丘工房(同市五和町)の末石昌士さん(61)は、82年に丸尾焼5代目の故金澤一弘さんの一番弟子としてこの道へ。「当時は(新しい女性の生き方などを提案した)雑誌『クロワッサン』などが創刊された時代。焼き物が豊かな暮らしを彩るアイテムとして注目され、時流に乗った」と振り返る。

 それから40年あまり。手仕事の工芸品は安価な工業製品に押され、後継者不足などで継承も難しくなりつつある。陶芸の世界も伝統を守りながら、時代の変化への対応が必要となっている。

 末石さんは言う。「ネット社会で関係が希薄になる中、人の手で作ったものの価値はもっと見直されるはず。そんな価値観を窯元が楽しみながら発信してきたのが大陶磁器展。時代に合う情報発信を続け、ライフスタイルを提案するような焼き物を作り続けたい」(鬼束実里、福井一基)


【手しごと未来へ 天草大陶磁器展20回㊦】後継者育てて産地守れ

熊本日日新聞 2024112 21:30

1017日午前、天草市諏訪町の窯元「陶房スイ」。井上知江さん(40)が2階の自宅にいる子どもたちの世話の合間に、天草大陶磁器展の作品制作に励んでいた。「子育てが落ち着くまでは子ども中心だが、仕事にも張り合いがある」

 熊本市出身の井上さんは、31歳で当時天草市にあった朝虹窯に弟子入り。5年間修業した後、2020年に独立した。「弟子入り当初はつらくて毎日泣いていた。自分に向き合った末、陶芸家としてどう在りたいかを学べた」と話す。

 19902000年代、天草地域の窯元には多くの若者が弟子入りし、10年ほどの修業を経て独立した。特に丸尾焼(天草市北原町)では5代目の故金澤一弘さんが、来るもの拒まず去るもの追わずの姿勢で弟子を受け入れ。修業した作家は約30人に上り、天草の窯元発展の礎となった。

 1993年に丸尾焼に弟子入りした山の口焼(同市本渡町)の辻口康夫さん(52)は「焼き物といえば泥くさいイメージだったが、丸尾焼の印象は『おしゃれで格好良い』。雑用からのスタートで毎日、目が回るような忙しさだった。それでも、やめたいと思ったことは一度もなかった」と振り返る。

無人島の亀島で、参加者が原料から手作りした作品を確認する陶芸家ら=720日、天草市

 一方で「最近は人を育てるのが難しくなった」と丸尾焼6代目の金澤佑哉さん(41)。「徒弟制度が伝統工芸を支えてきたが、若者の価値観が変わった。ハラスメントに厳しく効率を重視する時代になり、どう指導すべきかを悩むこともある」と話す。

 働き方改革は伝統工芸の世界にも及ぶ。職人の元で長期間修業する徒弟制度は、技術習得のため時には長時間労働になることもあった。住み込みともなれば公私の区別も付きにくい。そんな働き方が敬遠される傾向にあるという。

 天草陶磁器の島づくり協議会長で水の平焼の岡部祐一さん(53)も、「後継者育成が難しい時代になった。地域おこし協力隊として募集するなど、前例のないチャレンジが必要だ」と指摘する。

無人島の亀島で現地の土から粘土を作り、思い思いの形に仕上げる参加者=720日、天草市

 そうした中、伝統工芸の魅力発信や後継者育成に取り組む新たな動きも出始めた。職人の仕事を紹介する動画メディア「ニッポン手仕事図鑑」は、後継者が欲しい産地と求職者のマッチングのため、3年前から後継者インターンシップを企画。熊本県内では肥後象眼や小代焼などで実施し、就職を決めた人もいる。

 協議会も7月、後継者育成の一環で、天草市五和町の無人島で粘土作りから窯焼きまで体験できるイベントを初開催。家族連れら16人が参加し、現地で採取した粘土から思い思いの器を作った。今後も多くの人に土に触れてもらう考えだ。

 岡部さんは「あと10年で次の世代。1世代限りのブームで終わらないよう、後継者問題を真剣に考える時期に来ている。天草で焼き物を作る魅力を発信したい」と決意を込めた。(鬼束実里、福井一基)

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