20240628東京新聞
「国史跡級」遺構の取り壊しへ突き進む北九州市 再開発を優先、計画練り直しは「時間も費用もかかる」
専門家が「国史跡級」と評価する明治期の初代門司駅遺構を、地元の北九州市が取り壊して複合公共施設を建設する。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関「国際記念物遺跡会議」(イコモス、本部・パリ)は25日、「開発計画を見直し、包括的な保存を優先することを緊急に求める」とする異例の会長声明を発表した。イコモスは開発ありきの姿勢に疑問を投げかける。(森本智之)
◆西洋と日本の土木技術が詰まった初代門司駅遺構
遺構周辺での発掘作業に関する現地説明会の様子=北九州市の資料から
「遺構は、多くの学者たちによって、この都市の起源を物語るものと評価されている。特に、機関車庫の基礎は驚くほどよく保存されており、西洋の近代建築土木技術と日本の伝統的な近世的建築土木技術が融合した物的証拠だ」
テレサ・パトリシオ会長は声明で、遺構をこう評価。計画が見直されない場合は最高レベルの緊急声明「ヘリテージ・アラート」を発出すると予告した。
初代門司駅は九州の鉄道の起点として1891年に開業。近くに現在の門司港駅(国重要文化財)が建てられた1914年まで使われた。日本イコモス国内委員会で副委員長を務める九州大の溝口孝司教授(考古学)は「アジアと日本をつなぐ結節点として港と同時に整備され、日本近代化に重要な役割を果たした」と述べる。
◆公共施設の予定地で奇跡的な発見
その存在がクローズアップされたのは昨年末だ。北九州市は周辺の公共施設を集約して5階建てのビルを造ることにし、9~11月に予定地の調査を行った。すると、初代門司駅の機関車庫の基礎が「奇跡的」と言われるほど良い保存状態で発見された。駅舎本体の外構部分も見つかり、溝口氏は「周辺の土地の地下にきれいな状態で眠っている可能性が高い」と指摘する。
今年5月にはイコモスや建築、考古学関連など11の学術団体が共同で保存要望書を市や国に提出する事態になった。
◆建設予算が可決、来年4月以降に着工へ
市議会でも一時紛糾したが、「全面保存となれば場所を移転する必要があり、今から計画をやり直すと時間も費用もかかる」(市事業推進課)と、予定通り計画を進める方針で、6月の市議会で建設予算が可決。ビルは来年4月以降着工する見通しになった。
だが、遺構は既に危機にある。予算可決を受け、6月25日に建設予定地近くの土地で、中断していた関連の給排水管の敷設工事が再開された。この土地には駅舎が埋まっている可能性が高いが「掘削幅が狭く安全性が確保できない」(市文化企画課)として市は発掘調査はしない。市の学芸員が立ち会い、遺構が見つかった場合は記録するというが、掘削が進めば、駅舎も破壊される可能性がある。
溝口氏は「11もの学術団体が共同で要請するのは歴史的で、『国史跡級』というのは学識者の一致した見解だ。駅舎について、声をそろえて保存か、せめて発掘調査をしてほしいと要望したが、市は聞き入れなかった。記録に残すといっても非常に不完全な形になるだろう。市の開発推進の姿勢は大変残念だ」と批判する。
◆事業ありき「神宮外苑に通じるところがある」
再開発が計画される外苑地区=本社ヘリ「おおづる」より
日本イコモスの岡田保良委員長は、2月の市議会で大庭千賀子副市長が「立ち止まって調査することは、文化財指定の最初のプロセス。この地で施設を造ろうと思ったら残念ながら難しい」と発言したことを問題視。「何が何でも建設を優先し、そのために文化財に価値があるかどうかは考えない。これでは文化財行政は成り立たない」と苦言を呈する。
イコモスは、明治神宮外苑地区(東京)の再開発計画についても、見直しを求めてヘリテージ・アラートを昨年9月に出している。事業ありきで行政が要請に耳を傾けない点について、岡田氏は「門司駅と外苑には通じるところがある」と述べた。