posted on2024年06月27日23:04
bykeiyo_labo
5月28日のデジタル版記事が、今月再び夕刊の全国紙の一面トップで再掲載されました。既にご覧いただいたかもしれませんがご笑納ください。
新井との このような言葉の連絡すら人知れずご苦労なさっておられることでしょう。 私の手元の朝日新聞6月13日夕刊の大きな写真で踊る新井くんの両手を支える板坂記代子さんとはまだお会いできていませんが、新井くんの目線と記代子さんの表情が静かに交わし合っており、信頼や共感や共創をも物語っているのです。この三宅梨紗子記者にも感謝申し上げます。新聞はわが家の家宝として飾っておきます(ほんとです!)。
各所から届く新井くんの近況を案じるばかりでしたが「目線一つでも表現できる」ことがそもそもの伝達やコミュニケーションや物語の始まりであることを思えば、おっと先んじて原点回帰をしているのだな、と感心するばかり。来年古希を迎える私も、このまま不自由に なっていったとしても、目玉のぎょろりひとつ、唇の尖らせ方ひとつ、眉間に寄せる皺一つで、言いたいことを、したいことを貫きたいものだと高齢化万歳を唱え出しています。
もともと元気なので心配無用ですが、それでも、打って出る表現も、躊躇い逡巡も、嫉妬や困惑や諦観も、今自分が揺さぶっているからだからなのだ、と思わざるを得ません。
飽くことなき資本主義社会が日々の生活環境や心身の健康さえ蝕んでいく昨今、誰もが共有できる社会価値としてのコモン再生へ 、からだから寄り添い直していくことには大きな示唆が隠されていると共感します!!今後のご活躍・ご活動からも目が離せません。そのこともとても嬉しいです!6/24 藤原惠洋拝
藍蟹堂
藍蟹堂。感受性は海の底から波濤や世界の波瀾万丈を見上げる蟹そのもの。では蟹とは?