名だたる日田杉の名産地として知られる中津江村で、わが国でも希少な木造木質ホール「中津江ホール」(当時築後27年)の存亡を巡り、当時の日田市長や日田市行政と複雑な綱引きをしたのも2年前のこと、であった。結果としては木造ホールは取り壊されたが、綱引きを一緒にしてくれた善男善善女の方々とは今も交流が続いている。もともと事の起こりは公共施設マネジメント総合計画を自治体=日田市が立案するにあたり、利用率や稼働率がけっして高くなく、今後の担い手不足が案じられ、老朽化や耐震不足が指摘され、事業評価や管理運営に支出ばかりが目立つ公共施設の市域全体での再編成を求められたものだが、稼働率や運営費用といった結果数値評価(アウトプット)の低調さばかりが意図的に強調される反面、そこでどのような音楽演奏会や練習会成果発表会、演劇・ダンス・日本舞踊・身体表現・ヨガ、文化講演会、婦人会の集い、映画会、落語、プロレス、農産物品評会、村民と都市との交流プログラムやシビックプライドを高揚させる村祭りの営みや、果てはお葬式まで催されていたというからには正真正銘の「多様多彩目的ホール」であったことをふりかえるアウトカム(成果)が丁寧に拾い上げられてはいなかった、ことにある。私はすでに竹田市文化振興財団理事長を仰せつかる立場から、今後へ向け公共文化施設のあり方を再検討する際、アウトプット(結果)評価一点張りの歪みや数字トリックからは真の意味での公共性や公益性が湧き立つ様子を分析評価することは容易ではなく、むしろアウトカム(結果)への視点を導入することで初めて見えてくる、その効果を測定できればと期待していた。そこではいったい何が生じてきたのか、どのような化学反応が生じ、どんな人材が育まれてきたのか、地元の子どもたちの挨拶・笑顔・会釈パワーや高齢者への気配り能力は中津江ホールでの音楽演奏会鑑賞体験や公演発表会を通して表現能力を涵養してきたのではなかったか、と日頃見えにくい因果関係を村民行動から跡付けることができればありがたいと期待した。そこで村民のみなさんがどのように中津江ホールでの体験や取り組みを人生の糧とし生かしてきたのか、おひとりおひとりの体験知や鑑賞記憶を聞き取る一方で、家に思い出として集積されていた公演チラシやパンフレットなどを拝見しながら、中津江ホールとご自身がともに生み出してきた村民ライフヒストリーを尋ね続けていったのだった。懐かしい、ほんとうに懐かしい、中津江村での出来事であった。中津江ホール〈春の祭典〉さようなら・こんにちは・未来へ 取り壊しが決まった後に、最後の音楽祭として企画、二日間にわたって実施するための資金と叡智と仲間を全国へ求めてクラウドファンディングを展開したのでした。あらためて当時ご支援いただきました皆様には心から感謝申し上げます。
FBから2年前、このようなことがありましたね、とご丁寧に思い出が届いたので・・・・・ご紹介しておきます!!
FBから2年前、このようなことがありましたね、とご丁寧に思い出が届いたので・・・・・ご紹介しておきます!!
中津江ホール〈春の祭典〉さようなら・こんにちは・未来へ 音楽祭を成功させたい!と事業資金創出へ向けて展開してきましたクラウドファンディング!おかげで、ついに目標金額を遂げたところ、を目撃できました!
全国の〈春の祭典〉クラファン支援者のみなさんも、一緒に喜んでくださることと思います。
中津江ホール<春の祭典>応援クラウドファンディングに挑戦しています!
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【プロジェクトタイトル】
失われゆく「希望のホール」で〈春の祭典〉を成功させたい!!
【目標金額】1,000,000円
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3月20日~21日の2日間、大分県日田市中津江村の中津江ホールにて
『<春の祭典>さようなら・こんにちは・未来へ>』という音楽の祭典を開催!!
ご期待ください。














