ご挨拶
公益財団法人竹田市文化振興財団理事長 藤原惠洋/工学博士・九州大学名誉教授
本日は竹田市総合文化ホール〈グランツたけた〉竹田版『蝶々夫人』公演へご来場いただきました皆様方へ、公益財団法人竹田市総合振興財団を代表して御礼と御挨拶を申し上げます。
〈グランツたけた〉は2018(平成30)年10月開館から今年で5年を迎えました。人口2万人の小さなまちが生んだ輝くホール、座席数700の優れた音響性能を誇るホールには楽聖瀧廉太郎のお名前をいただきました。歌って奏でて踊り上手な市民のみなさんが集う「新しい広場」にふさわしい自主事業も「廉太郎企画」と銘打ち、2020年度からオペラ『蝶々夫人』のモデルと言われる竹田ゆかりの二人の女性に光を当てる壮大なマダム・バタフライ・プロジェクトを創り出し、じつに4年もの歳月をかけて展開してきました。昨年度2月にはミュージカル「あかり、灯る」を上演、そして今日はオペラが目の前で上演されていくのです。
世界遺産にも登録された長崎グラバー住宅のグラバー夫人として活躍したツル、同じ長崎港でのフランス海軍士官との逢瀬を追慕しながら故郷竹田へ戻り烏嶽の洞窟で暮らしたカネ、同郷の由で赤い糸を絡ませた二人は、よもや自分が世界的オペラのモデルとなったことを知りません。二人に成り変わり、今を生きる私たちはプロジェクトを段階的に発展させつつ、過去と今と未来を新たな糸で結び直せないものか、竹田に生まれ生きる女性にとっての嗜みや振る舞いとは?歌唱や合唱で愛を表現するには?解き難い課題や謎をみずからへ与え、ツルさんならどうする?カネさんならどうか?参加市民のみなさんが二人へのオマージュを侃侃諤諤生み出したバトンをオペラ演出の泊篤志さんへ託すこととなったのです。
元来、建築史学や文化政策学を専門とする私もまた、豊かな広場としての〈グランツたけた〉に魅せられ竹田へ惹き寄せられた一人です。思えばコロナ禍が台頭してきた2020年12月、マダム塾を率いる塾長に抜擢されて以降、市民講座では27万年前から4回の阿蘇山大噴火が生んだ竹田の溶結凝灰岩の地勢からひもとき、河川の水系や植生の相違が竹田人の気質形成に影響をもたらしていないか、豊かな文化資源や文化的多様性に迫りながら市内各所へのフィールドワークを楽しみました。ご縁をいただき指定管理者としての財団を代表する立場になっても、主役はあくまで市民のみなさんであり、創造性を活かしながら愉悦の竹田へ導くプロメテウス(文化英雄)探しを重ねております。
本日の公演も、泊さん抜擢によるプロの表現者による優れた蝶々夫人の舞台に魅せられながら、さらに市民のみなさんがみずから再発見したツルとカネの物語へ行きつ戻りつの豊かな人間劇を心からご堪能ください。そして観劇後には、心の隅のひきだしから自分自身の記憶やパートナーとの思い出や家族との物語を丁寧に取り出してください。その瞬間、舞台や広場に登り誰かに語り出したくなる次の物語の中の自分が見えるはずです。私たちがめざす公共ホールとは、みずからの命や暮らしや人生を豊かにするための媒介装置であり、あらためて、そこでの主役は市民のみなさんに他なりません。