
10月5日「芸術文化施設論」の藤原先生担当分全4回が始まりました。
1回目の芸術文化施設論のテーマは「ハコものではなく、コトものとして~芸術文化施設の魅力を洞察する」
芸術文化施設とは、美術館、博物館、ミュージアム、劇場、ホールなどです。行きますか。行きませんか。住んでいる町にありますか。ないですか。入館料って。企画展、常設展、一回見たらもう…。
鑑賞って?教養をみにつけるのは大変なので嫌ですか?今までで一番感動した施設は?逆に落胆した施設は?
「芸術文化施設が、どんな運営、管理・企画なのか、そして経済に影響を与えるかを包括的に見ていく。」
「みなさんにとって芸術文化がどのように受け止められているのかが重要。私は建築が専門ですがあ、国レベルで文化をどのように生かしていくか、日本文化政策学会、日本文化経済学会に長らく参加しています。」
第1回目 ハコモノではなく、コトものとして~芸術文化施設の魅力を洞察する~
第2回目 mとM、カタストロフィーを救うのは?~商店・病院と劇場・美術館の対比に見る社会装置としての意義
2回目:関東大震災では東京より横浜のほうがひどい被害をうけました。現在の横浜は1923年以降につくられたもの。カタストロフィーがあっても私たちはやり直していくことができる。そこに文化や芸術の力が役に立つということを知っています。その話を2回目にします。
第3回目 文化芸術振興法の成立と展開~もはや15年が経ってみて~
国家的取り組みで文化や芸術ができる文化芸術振興基本法を作った。これはうまくいった、これはうまくいっていない、という話をしたい。
第4回目は 地方創造や創造都市へ向け
芸術文化の次の世代はどうなるか、小さなまちを芸術文化の力で再生しているが、その背景の考え方を紹介したい。こんな見方や考え方があるのだということを紹介したい。仲間たちといろんなことをしているのでそれを紹介したい。
イギリス・テートモダン
絵画彫刻 工芸品 インスタレーションがある17年前に開館した美術館で、サウスバンクにある。生産者たちが作ったまちなのでちょっと小さな町だったが1980年代にほったらかしておくとよくないということで、再開発をした。発電所を美術館にしたというもの。
テートモダーン:戦後と1960年代に建て増しされた。1980年代に発電所をおえて捨てる予定だったが、国際コンペをした。日本からは安藤忠雄が応募し、結果としてスイスの建築家が勝った。本体は生かし、明りの部屋をつけた。ここは「スイス・ライト」(Swiss Light)と呼ばれる。スイス政府の援助で、マイケル・クレイグ=マーティンと建築家ヘルツォーク&ド・ムーロンによりデザインされた。テートモダーンに入場料はない。ドネーション4ポンド。上海にもタービンハウスという現代美術館がある。ここも発電所だった。テートモダーンには、1947年と63年に作られたときの跡がある。欧米の美術館では写真OKがほとんど。高松次郎さんや、1960年代のモノ派、リチャードセラの作品をみた。1917年の作品デュシャン、泉。。設置と概念で焼き物をアートに変えた。ジョージアオキーフの展示があった。レンガを置いただけもアート。
Art change We change というフレーズが外に掲げられていた。
テートモダンの入館者は2014年で、5785427人 毎日2万人近い人がこの元火力発電所にきている。入館料は無料。
社会的な文化や芸術の機運はあるのか?
→ナショナリティやローカリティは、地域固有の文化を基盤に立ちあがる。
→社会の階級化が進む中、富や価値創造の再分配は、相互の「文化」を共有し合って、共感感情や尊敬感情を生み出し、初めて可能となる。階級化が進み力のない階級から上がるって難しくなっている。
→芸術や文化施設は、芸術・文化を創造し、公開し、交換し、蓄積し、アーカイブし、未来の活用と創造の再生産に備えていく重要な経典施設。
→2020年オリンピックパラリンピック、内閣府 文部省、文化庁のHPを見てください。文化庁が胴元で文化プログラムをしている。動かなかったお金が動いている。情報を得ることができている。ナショナルプログラムとして動いている。たくさん仕事が生まれる。
芸術文化で言うところの、アートマネジメント。このマネジメントの語源は、本来は暴れ馬を飼いならす、ということ。
はこものをどうとらえるか。
ホワイトキューブとブラックボックスがある。ホワイトキューブはその中に展示したものをハッキリ浮き立たせる。ブラックボックスは、真っ暗のことで演劇に使われる。人間の行為を光で照らして印象づける。


先生は以前 湯布院美術館に温泉を使った湯船をつくりそこで新聞記者からインタビューを受けたそうです。
私は美術館は好きです。ヨーロッパの美術館を訪れ、絵画を見るとワクワクします。あの憧れの絵との距離が日本よりずっと近いと感じるからです。バチカン美術館のラファエロのキリストの昇天、ベネチア美術館のジョルジョーネのテンペスタ、アムステルダムのレンブラントの夜警、ベルリンの美術館のカラバッジョの勝利者アモル等、「そんなところにあったの」と思うようなところにあって、画家の「生きている気配」や絵画の生々しさを感じます。またヨーロッパの美術館の多くはフラッシュ無しで写真撮影OKでした。日本の美術館は、写真はダメ、あれダメこれダメのルール、つまり管理が先に立つような気がして、ヨーロッパの美術館で味わうことのできる絵が持つ生々しさを私個人はなかなか感じることができません。また、日本では人気がある画家で、多くの入館者の見込める企画展を連続して行う美術館もあまり好きにはなれません。所蔵している美術品や他の機関との連携で、美術館はもっと面白くなるのではないかと思っています。
岩 井

















