
福岡県大牟田市および熊本県荒尾市はかつて三井三池炭鉱によって栄え、
石炭産業を中心とした都市形成がなされていった歴史を持ちます。
明治期には、坑口、竪坑、港湾、鉄道といったものから、自社養成学校といった
次世代の教育機関も設置され、三井工業学校(現福岡県立三池工業高等学校)は
1908年に設立されました。 その高校同窓会である「同帰会」の資料から
戦前の三池炭鉱で生徒が実習している様子を撮影した16ミリフィルムが発見され
映像が復元されました。
7月18日(日)には、カルタックスおおむたで上映会が行われ、発見者である
三池工高の元教諭 鈴木裕和氏と、大牟田市史編纂室長の山田元樹氏らによる
解説や報告と共に公開されました。
三池工業高校元教諭 鈴木裕和氏による概要の紹介

フィルムは3巻発見され、軍事教練、各種実習、登校・朝礼・授業・寮生活といった
内容が記録されていました。しかし復元に成功したのは2本で、1本は劣化が激しく
復元が不可能であったとのこと。
フィルムは米コダック社製のもので1928年頃より国内で使用されたものの
日中戦争が開始したことから1937年頃までしか流通せず、この時期に撮影された
ことが考えられました。さらに鈴木氏は学校の記録と照らし合わせ、1934年頃で
あろうと特定されます。当時の三池工業学校は、技術者養成学校として
採鉱科、電気科、機械科、電気科の4科が設置され、三池炭鉱や関連工場といった
実際の現場で実習できる専門性の高さなどから、全国から受験生が集う難関
学校でした。
実習は夏休みの長期休暇を利用し、夏期実習として現場に配属され、20日〜1ヶ月
の間行われていたとのこと。採鉱科の実習は、四ツ山坑、万田坑、宮浦坑で行われ
ダイナマイトの扱い、仕繰り、採掘、運搬が行われ、測量や採土実習が
記録されていました。
機械科の実習は、三池製作所での工作や、三池港でのダンクロローダーという
石炭積載器の運転、三池港閘門に油を差すといった実習が行われていました。
電気科では、四ツ山発電所での実習、応用化学科では染料工場や煉瓦工場での
生産実習が記録されていました。
映像の中には、1925年から開始された軍事教練という科目の様子もありました。
戦時体制下に備えて陸軍の将校以上の者が教師として配属され、
銃を扱う様子や、行進、体育、査閲の様子が記録されていました。
戦前の炭鉱の様子が映像として記録されている事例は珍しく、貴重であるとの
こと。 会場には、三池工業高校のOBも多く見受けられ、様々な意見が
交わされていました。
当日は大牟田市立図書館、カルタックスおおむたの3階で上映会が行われ、
会場は満員で立見でも一杯でした。


映像は損傷が激しい箇所もありました。無音の記録映像です。



当日配布されたフィルムの静止画資料より
昨年の2015年は終戦から70年という節目の年であり、また来年の2017年には
大牟田市は市制100年を迎えます。この時期に、戦時下での炭鉱の映像が
発見されたことは、私たちに多くの示唆や考えるべきことを示しているように
感じました。映像の中には、すでに失われた施設も多く記録されており
当時の様子をより一層感じられるものとなりました。
映像は同帰会が管理していますが、行政による活用や公開に賛同されている
とのことで、今後この映像が様々な場面で検証され、活用され、受け継がれて
ゆくことが期待されます。
國 盛














