
2015年12月19日(土)〜20日(日)の1泊2日で、学部授業「芸術文化企画演習」の学外演習として玉椿旅館魅力再生プロジェクトが行われます。なんだかワクワクドキドキの企画です。
この日は、事前学習として、玉椿旅館はどんな歴史、由来を持っているのか、また現在どのようなことを行っているのかの振り返りと、藤原先生から福岡県の朝倉郡筑前町にある信覚寺のアートプロジェクトの取り組みおよび新潟県十日町で古民家再生の取り組みをしているカールベンクスさんの取り組みが紹介されました。
先週は、玉椿旅館4代目にあたり、福岡でライターをしている藤井優子さんが大学に来て下さり、お話をしてくれたのですが、生憎、芸工祭の前日だった為、この授業の参加者は一人しかいませんでしたので、この日はまず、振り返りをしました。
玉椿旅館は、過去に藤原先生が調査し、国登録有形文化財に推薦した旅館です。まず、先生とこの旅館のつながりから説明されました。
先生の教え子さんで、岡崎さんという方がいるのですが、この方と玉椿旅館の藤井さんとは同級生です。先生はそのことを知らず、建築史家としてこの玉椿旅館を調査し登録有形文化財に推薦したのですが、最近になって、岡崎さんにより藤井さんが、玉椿旅館を調査し登録有形文化財にしたのが岡崎さんの先生である藤原先生だということがわかり、先生の研究室を訪問し、お話をする中で今回の企画がうまれてきました。過去の先生の仕事により生まれた企画であり、決して思いつきで出た企画ではありません。

玉椿旅館の折上格天井の様子。先生はこの屋根裏に入ったとのことです。

私からも玉椿旅館の説明をしました。↓
先週の話ですが、先週は玉椿旅館4代目にあたり、現在は福岡でライターをしている藤井優子さんが来校し、玉椿旅館の紹介をして下さいました。玉椿旅館は大正12年から創業を初め、現在92年年目、8年後には100年になる長い時間を過ごして来た旅館です。もともと玉椿旅館という旅館の名前はお相撲さんの四股名玉椿からきました。大阪相撲の十両玉椿関がこの旅館を創業、玉椿関こと藤井光太郎氏は、横綱がうまれると旅館を増築し、その名前を部屋につけ、巡業の時に使ってもらっていたそうです。増築を重ねたので旅館は迷路のようと藤井さんはおっしゃっていました。現在は、家族でこの旅館を経営されていて2012年に国登録有形文化財になっています。

↓玉椿旅館。



玉椿関についてもう少し説明しますと、玉椿関こと、藤井光太郎さんは山口県下関市豊浦町生まれで享年79歳、大阪相撲の力士の湊部屋所属(明治35年~大正9年)でした。大正9年5月場所を最後に引退後、故郷である川棚に戻り地元の相撲文化・観光発展のために、玉椿旅館の経営を始めました。相撲の引退後も、県相撲協会会長、アマチュア相撲の日本相撲連盟顧問、日本相撲協会目代を就任、生涯を通してプロアマ問わず相撲文化の発展に尽力しました。さらに川棚の観光事業開発に貢献 下関との合併構想、政界進出目指すなど、川棚温泉の活性化にも尽力した方であります。
先週の藤井さんとの話し合いでは、玉椿旅館の本質的な良さを再発見、再確認することと、九大の学生の持っている力を活かした学外演習にしていきたいということが話し合われました。
次に、先生から、先導的な事例として、「6/信覚寺」というアートプロジェクトが紹介されました。福岡県筑前町の信覚寺で11月21日(土)から11月29日(日)まで行われた展覧会です。この展覧会は若手、中堅作家の男女6人による現代美術の展覧会で絵画、彫刻、インスタレーション、ガラス工芸など約30点を展示することです。この信覚寺の奥さまの池田さんは、藤原先生の教え子さんで、以前は京都でアートプロジェクトをしていたのですが、結婚してお寺の奥さんになり、このようなアートプロジェクトをお寺でなさっているとのことです。







このように一般的なイメージとして、美術は、美術館、博物館で行われると思いがちですが、発想の転換で寺でアートプロジェクトができるということがわかりました。なんだか新鮮であると同時にお寺の新しい面を発見したきもちになりました。これなら、お寺にあまりにも行かない人々に対して、お寺の新しい面をみせることで、お寺に行ってみようという気持ちが湧くのではないかと思います。
そんな、人の気持ちを変えてしまう力がアートにはあるのではないかと思います。先生から紹介してもらったこのような最近行われているアートプロジェクト事例を通して、12月に行われる玉椿旅館のプロジェクトにも期待が深まります。玉椿旅館に隠れている魅力とはどんなことがあるのか、魅力を探して今より、良い状態に変化して行く旅館の将来の様子を考えてみたら玉椿旅館について好奇心も大きくなりました。
そして、もう一つ、新潟県十日町の竹所集落で古民家を再生しているカールベンクスさんというドイツ人の方の取り組みの紹介されました。
ベンクスさんは、日本人は宝石のような古民家を捨てていると話されていました。ある学会でこの古民家再生の取り組みを発表されたところ、日本人からは「外国の人から日本の良さを指摘されるとは」という声がありました。


さて、先生からのお話を聞いて、学生のみなさんはどのように玉椿旅館プロジェクトに取り組むのでしょうか。
まず、基本的なことの確認をしましょう。学生のみなさんは、どんな得意技をもち、旅館に対してどのような興味をもっているのでしょうか。




得意技は、語学や音楽、デジタルや広報に関することがでてきました。

知りたいこととして、玉椿旅館の基本的な情報を知りたいようです。

先生から事例を紹介してもらった後には私たちができるのはどんなことがあるのか、必要な情報について考えていきました。学生のみなさんの得意技は、英語、中国語、DTM、webデザイン、ゲーム制作などです。
現在の玉椿旅館のHPをみますと、外国語の表記がないので、その部分は学生の力で貢献できるのであれば貢献したいと思います。
玉椿旅館に関して、私は外国人として日本の旅館に行ってみるのは今もドキドキ、そして旅館にあるゆかたも着てみたいし、藤井さんから見せてもらった写真でも非常にすてきな旅館だと思いました。さらに国登録有形文化財として玉椿旅館は登録されましたが、私が今度しりたいのは、国登録有形文化財に登録された旅館と、そうでない旅館では、何か違いがあるのかです。国登録有形文化財というのはどんな力があるのかについて調べたいと思っています。そして現場に行ったら玉椿旅館に隠れている様々な物語についても知りたいと思っています。建物やそこでの営みが持つ物語というのは非常に面白いものだと思いますし、隠れている物語を探し、物語を通してその場で昔の状況を想像してみるということをしてみたいです。長い歴史や物語をもっている玉椿旅館の魅力を探す19、20日のプロジェクトが終わった後、どのように成果がでるのか、非常に期待されます。
<M1 張 榮>














