豊後高田市農林推進課主催による「田染地区満喫!無料モニターツアー」に体験参加することができました。
日時:2015年2月25日(水)14時〜26日(木)11時
場所:ほたるの館(豊後高田市田染小崎2596)に集合
北九州市、大分市、別府市、由布市、福岡市等から活発なモニター希望者のみなさんが15名ほど参加されました。
案内役は、田染の文化財ガイドの井堀克昭(よしてる)さん。83歳。 そして47年ぶりに四国・道後温泉から故郷へリターンしたという後藤百代さん。さらにガイドの会の平さん。田染かつかつの倉本さん。
さて最初に田染地区の歴史的由来と特徴を井堀さんが丁寧にお話くださいました。
(豊後高田市観光協会HPの『田染荘とは?』より引用)
千年の時を刻む中世荘園集落 田染荘とは?
今を去ること千数百年の昔、国東半島には、六つの郷がおかれていました。 田染荘小崎地区(当時は小崎という地名も定かでない)は、一面鬱蒼たる原野で、山々より集めた水を蓄え、小崎川がゆっくりと流れていました。
当時は、律令制度の中で田染郷の平坦部は公地公民として農耕が行われていましたが、743年墾田永年私財法の成立によって、開墾した水田の私有が認められるようになって以来、この地を豊かな水田地帯にしようと雨引神社周辺(赤迫)より、幾多の人々や宇佐神宮の力によって、この土地の地形を利用して様々な曲線を描きながら不揃いな形をした水田が開発されていきました。
やがて開墾された水田は、宇佐八幡宮が支配する(中央に領主がいる一般の荘園とはやや異なった)荘園となり、ここに田染荘が誕生しました。 田染荘は、宇佐八幡宮の「本御荘十八箇所」と呼ばれる根本荘園の一つで、最も重要視された荘園でした。
その後、田染荘は時代の流れとともに大きく移り変わっていきますが、ここ小崎地区だけは、水田や周囲の景観を昔のままの姿で守り、受け継いできました。
荘園の里では、このすばらしい遺産を後世に残すことを決定し、新しい歴史の1ページを開こうとしています。人と自然と歴史が融合するこの荘園の里は、田園空間博物館として人々に「やすらぎ」と「いやし」を与え、都市と農村を結ぶ架け橋となるでしょう。
井堀さんの指差す向こうには中世期の田圃があります。伏流水を涌き出させた泉を発祥とし「田越し感慨」で豊かな田圃を生み出してきた先人の知恵を紹介してくれました。
さて最初の体験活動を展開。まず熊野磨崖仏等の田染史跡めぐりにチャレンジです。
さらに真木大堂におさめられた仏さまたちを参拝しました。駐車場から真木大堂へ案山子達を見ながら。
その後は、国宝富貴寺に隣接した敷地に誕生した「旅庵蕗薹(ふき)」のお風呂で入浴!素晴らしい体験でした。
さて待望の民泊に別れて辿り着き、オーナーと初対面。親しくお声をかけてくださったのは溌剌としたお声の河野ちえ子さんでした。
夕食の際に聞くところ熊本県天草市本渡町のご出身。高卒後は上京していたものの、当地出身のご主人と知り合い、結婚を機に大分県へIターン。別府でご主人と炉端焼「魚政」を開業されていましたが、まだお若いご主人が先立たれたため当地で戻り仕出し屋をされているとのこと。楽しく引き込まれる話題の持ち主であるものの、相当のご苦労人でもありました。
趣向は民泊でしたが、夕餉は豪華で有名な地元の産品(豊後牛、関アジ、田染米、ドンコ椎茸、地産地消の野菜等)に溢れており一同大感激!次々と放たれる民泊思い出の話題髣髴も加え、おもてなしの意気込みに驚きました。
さて程よく時も経ち、もうひとつのお楽しみ。真っ暗な六郷満山の地を自家用車で移動しながら天念寺の修正鬼会を見学しに行きます。各地から詰め寄せ 溢れた観客の中で、赤鬼青鬼達が演じる火祭りをじっくりと見ることができました。
修正鬼会を辞し、深夜の静かな河野家へ戻ります。
ゆっくりと就寝することができました。
翌26日(木)朝、天気はぐずついた雨模様です。モニターツアー参加者用のアンケートを記入する時間もありました。
朝食で食べたお味噌が美味しい、美味しいと感動していたら、お土産に戴けることと鳴りました。これまた大感激です!
美味しい朝食を戴きながら、河野さんと午前中の体験活動をどうしようか、と打ち合わせしました。
当初は畑でジャガイモ植えを予定。しかし足下が抜かるみとなってしまったので変更することに。
お庭の隅で育てているドンコ椎茸栽培を拝見。
その後、河野さんから昭和の町で名高い豊後高田市の中心市街地を歩いてみましょう、と声をかけていただきました。行きがけの駄賃で「穴井戸観音」なら雨に濡れないだろうとのおすすめ、鍾乳洞のような観音さんを訪ねて立ち寄ることにしました。
そしてさらに昭和の町へ移動します。
くねくねと入った町中で無料で駐車できる場所をこっそり教えていただきました。
そこから、いよいよ待望のまち歩きです。
お酒屋で知られた中屋さんに立ち寄ると、美味しそうなお惣菜が販売されています。高齢化を余儀なくされていく町中のご高齢の方々用にこしらえているんです、とお嬢さん。
そしてオーナーの壮一郎さんが、みずからの御名前をブランドに冠した焼酎が手づくり販売されている経緯を丁寧に教えていただきました。
河野さんと町中をゆっくり歩きながら、お知り合いたちにも紹介していただくことができました。
町中の資料館等にも入り、昭和レトロな趣向や町並みをたっぷりとたんのうすることができました。
河野さん、1泊2日の滞在でしたが、ユニークなご案内をいただき誠にありがとうございました。
また来ます!
日時:2015年2月25日(水)14時〜26日(木)11時
場所:ほたるの館(豊後高田市田染小崎2596)に集合
北九州市、大分市、別府市、由布市、福岡市等から活発なモニター希望者のみなさんが15名ほど参加されました。
案内役は、田染の文化財ガイドの井堀克昭(よしてる)さん。83歳。 そして47年ぶりに四国・道後温泉から故郷へリターンしたという後藤百代さん。さらにガイドの会の平さん。田染かつかつの倉本さん。
さて最初に田染地区の歴史的由来と特徴を井堀さんが丁寧にお話くださいました。
(豊後高田市観光協会HPの『田染荘とは?』より引用)
千年の時を刻む中世荘園集落 田染荘とは?
今を去ること千数百年の昔、国東半島には、六つの郷がおかれていました。 田染荘小崎地区(当時は小崎という地名も定かでない)は、一面鬱蒼たる原野で、山々より集めた水を蓄え、小崎川がゆっくりと流れていました。
当時は、律令制度の中で田染郷の平坦部は公地公民として農耕が行われていましたが、743年墾田永年私財法の成立によって、開墾した水田の私有が認められるようになって以来、この地を豊かな水田地帯にしようと雨引神社周辺(赤迫)より、幾多の人々や宇佐神宮の力によって、この土地の地形を利用して様々な曲線を描きながら不揃いな形をした水田が開発されていきました。
やがて開墾された水田は、宇佐八幡宮が支配する(中央に領主がいる一般の荘園とはやや異なった)荘園となり、ここに田染荘が誕生しました。 田染荘は、宇佐八幡宮の「本御荘十八箇所」と呼ばれる根本荘園の一つで、最も重要視された荘園でした。
その後、田染荘は時代の流れとともに大きく移り変わっていきますが、ここ小崎地区だけは、水田や周囲の景観を昔のままの姿で守り、受け継いできました。
荘園の里では、このすばらしい遺産を後世に残すことを決定し、新しい歴史の1ページを開こうとしています。人と自然と歴史が融合するこの荘園の里は、田園空間博物館として人々に「やすらぎ」と「いやし」を与え、都市と農村を結ぶ架け橋となるでしょう。
井堀さんの指差す向こうには中世期の田圃があります。伏流水を涌き出させた泉を発祥とし「田越し感慨」で豊かな田圃を生み出してきた先人の知恵を紹介してくれました。
さて最初の体験活動を展開。まず熊野磨崖仏等の田染史跡めぐりにチャレンジです。
さらに真木大堂におさめられた仏さまたちを参拝しました。駐車場から真木大堂へ案山子達を見ながら。
その後は、国宝富貴寺に隣接した敷地に誕生した「旅庵蕗薹(ふき)」のお風呂で入浴!素晴らしい体験でした。
さて待望の民泊に別れて辿り着き、オーナーと初対面。親しくお声をかけてくださったのは溌剌としたお声の河野ちえ子さんでした。
夕食の際に聞くところ熊本県天草市本渡町のご出身。高卒後は上京していたものの、当地出身のご主人と知り合い、結婚を機に大分県へIターン。別府でご主人と炉端焼「魚政」を開業されていましたが、まだお若いご主人が先立たれたため当地で戻り仕出し屋をされているとのこと。楽しく引き込まれる話題の持ち主であるものの、相当のご苦労人でもありました。
趣向は民泊でしたが、夕餉は豪華で有名な地元の産品(豊後牛、関アジ、田染米、ドンコ椎茸、地産地消の野菜等)に溢れており一同大感激!次々と放たれる民泊思い出の話題髣髴も加え、おもてなしの意気込みに驚きました。
さて程よく時も経ち、もうひとつのお楽しみ。真っ暗な六郷満山の地を自家用車で移動しながら天念寺の修正鬼会を見学しに行きます。各地から詰め寄せ 溢れた観客の中で、赤鬼青鬼達が演じる火祭りをじっくりと見ることができました。
修正鬼会を辞し、深夜の静かな河野家へ戻ります。
ゆっくりと就寝することができました。
翌26日(木)朝、天気はぐずついた雨模様です。モニターツアー参加者用のアンケートを記入する時間もありました。
朝食で食べたお味噌が美味しい、美味しいと感動していたら、お土産に戴けることと鳴りました。これまた大感激です!
美味しい朝食を戴きながら、河野さんと午前中の体験活動をどうしようか、と打ち合わせしました。
当初は畑でジャガイモ植えを予定。しかし足下が抜かるみとなってしまったので変更することに。
お庭の隅で育てているドンコ椎茸栽培を拝見。
その後、河野さんから昭和の町で名高い豊後高田市の中心市街地を歩いてみましょう、と声をかけていただきました。行きがけの駄賃で「穴井戸観音」なら雨に濡れないだろうとのおすすめ、鍾乳洞のような観音さんを訪ねて立ち寄ることにしました。
そしてさらに昭和の町へ移動します。
くねくねと入った町中で無料で駐車できる場所をこっそり教えていただきました。
そこから、いよいよ待望のまち歩きです。
お酒屋で知られた中屋さんに立ち寄ると、美味しそうなお惣菜が販売されています。高齢化を余儀なくされていく町中のご高齢の方々用にこしらえているんです、とお嬢さん。
そしてオーナーの壮一郎さんが、みずからの御名前をブランドに冠した焼酎が手づくり販売されている経緯を丁寧に教えていただきました。
河野さんと町中をゆっくり歩きながら、お知り合いたちにも紹介していただくことができました。
町中の資料館等にも入り、昭和レトロな趣向や町並みをたっぷりとたんのうすることができました。
河野さん、1泊2日の滞在でしたが、ユニークなご案内をいただき誠にありがとうございました。
また来ます!






















































































