
↑可児市文化創造センターalaの主劇場「宇宙のホール」。ala(アーラ)はイタリア語で翼の意味。
2015.2.13-14まで岐阜県可児市文化創造センターで開催された<世界劇場会議国際フォーラム2015>に参加してきました。今回のテーマは「劇場と社会包摂」。なぜ劇場が社会包摂なのか?。劇場はテレビにでてくる有名人をよんで劇をして売り上げと入場者数を増やしていればいいのではないか?なぜ社会包摂なのか?という疑問をもちつつも、昨年11月30日に観た北海道深川市での「わが街深川」という市民参加の印象深い音楽劇のことがあり、現在の劇場は私の持つイメージとは随分変わってきているのではないかと、半信半疑で参加しました。しかし、社会包摂はこれからの公共施設全体で共有すべき概念であり、これを普及・定着させることは、アートや公共施設にかかわる者の使命ではないかとさえ思っております。




alaの設計管理は香山壽夫建築研究所です。2002年市民の念願だったホールが開館。元は桑畑だったとのことです。衛紀生館長が就任したのは2008年とのことです。


プログラムと発表者、パネラーの方は以下です。

私はMaggie・Saxonさんのところから聞いたのですが、以下の内容のお話でした。
「社会包摂とはそもそもどんな意味なのでしょう。英国では以下のように定義しています。社会的包摂とは排除されている人たちが社会と再びつながり、社会参加を果たすための道筋、もしくは機会を提供する試みのことで、社会的排除とは貧困に加えて他の社会的・経済的な要因が重なるなど複合的に不利益を被っている人やコミュニティを指す。芸術評議会が書いた報告書『包摂の芸術』には次のような成果が記録されています。
・自尊心と自信の高まり ・自己決断力・自己制御力の増大 ・楽しさ ・芸術鑑賞力の向上・芸術への積極的態度・芸術趣味の深化。劇場が真の意味で公立になろうとするなら、国民の必要を満たし、誰もが質の高い生活をおくれるような企画を用意して、国民の投資に応えるべきです。」
劇場という公共施設が税金によりまかなわれていることから、これを運営していくことは、国民が劇場に投資していることだと捉えられました。この投資というキーワードはこの世界劇場会議を通してのキーワードでした。
また、衛紀生館長は「格差」ということを何度も話されました。

↑次に<創造都市>で、おなじみの現在は同志社大学・佐々木雅幸先生。「そもそも創造都市という新しい都市概念は社会包摂と親和性が高い。文化と創造性を新産業や雇用の創出に役立てるのみならず、ホームレスや障がい者などの社会問題に立ち向かい、都市を経済的のみならず、社会的、文化的にも再生させる試みである。社会包摂型創造都市として注目されるのはバルセロナとボローニャで前者で2004年に開催されたUniversal Forum of Cultureでは、文化権と人間発達がテーマとなった。インド生まれのノーベル賞受賞者・アマルティア・センのcapabilityという概念は、今後の冨や貧困の指標はGDPを用いるのではなく、それぞれの国の人がどれだけ多くの選択肢を持っているか、意義ある選択が可能な社会となっているかというレベルで見ていくべきだというものである。この会議で社会包摂型創造都市の基本理念は文化権と人間発達におかれること、全ての人々の発達可能性や潜在能力に多様な選択肢の拓かれている創造の場こそ、その中心である。」

↑衛紀生館長。キーワードは4つ。包摂的な社会、戦略的な投資、社会貢献型マーケティング、社会的責任経営。以下のような内容でした。国の文化政策により、芸術文化の考え方の転換がなされた。それは社会的費用から社会的投資(戦略的投資)へというものである。以下は文化芸術にの振興に関する基本的な方針(第3次基本方針)より。『芸術文化は子ども・若者・高齢者・障がい者・失業者・在留外国人等に社会参加の機会をひらく社会基盤となりうるものであり、昨今そのような社会包摂の機能も注目されつつある。このような認識の下、従来、社会費用として捉える向きもあった文化芸術への公的支援に関する考え方を転換し、社会必要に基づく、戦略的投資と捉えなおす。そして成熟社会における新たな成長分野として潜在能力を喚起するとともに社会関係資本の増大を図る観点から公共政策としての位置づけを明確化する。』
日本の劇場ホールの大半は、税金で設置・運営されているので劇場を一部の愛好者の独占物として位置付けるのは社会正義と機会の平等に著しく反する。全ての市民を対象として地域社会の解決すべき問題に対応する多様なサービスを提供するというのが私の従来からの一貫した考え方。アーラはこの基本的理念によって経営されている。『芸術の殿堂より人間の家を』というのがミッションである。社会機関としてのアーラをつくるのがグランドデザインで、『アーラまち元気プロジェクト』という社会包摂型事業は学校・フリースクール・障がい者や高齢者の福祉施設、保健医療機関、NPOと可児市全体を視野に入れ通年で行っているもので422回になる。音楽やダンスはそれ自体が課題を解決するのではないが、facetofaceのコミュニケーションが繰り返されることで自己肯定感回復の機会」とコミュニティ形成の機会を提供する。このプラットフォームが共生のコミュニティをつくり、社会的孤立を回避する。
劇場ホールには、従来から求められてきた「芸術的価値」と「経済的価値」に加え、「社会的価値」を持つことが求められている。すなわち、財政の力が低下してきている今、社会的責任経営が劇場やホールにも求められるようになってきている。
日本社会は90年代からの新自由主義的な経済政策によって劣化してきている。所得格差は教育格差をうみ、今日ではいのちの格差や希望格差にまでなっている。税金で運営されている劇場ホールには社会的責任経営が求められる。これまでのように安穏と芸術的価値を追求し提供しているだけでは責務を果たしたことにはならない。公共的・社会的使命を強く意識した経営をすることで、劇場ホールは社会的必要に依拠し、社会貢献に資する施設として「社会的信頼」であるブランディング活動ができる。劇場が社会機関として、市民から、必要とされる施設、支持される施設になる。
文化芸術はそれ自体で貧困などの社会的課題を解決できるわけではないが、文化芸術は他者との関係の中で違いを痛烈に意識し、その違いを豊かに変換するコミュニケーションがベースとなっている人間の原初的な行為である。「救い」は他者の中にしかない。人間は社会的な動物である。他者と打ち解けることを本能的に求める存在である。劇場自らが変化して社会的価値をより高度化売ることが求められる。
2012年6月に施行された劇場法の前文に新しい広場という文言が出てくるが、これを目指すキーワードが社会包摂機能、ブランディング=社会的信頼、社会貢献型マーケティングである。マーケティングとはsellingのことではなく社会的信頼のプロセスのことである。
社会的包摂とは、ノーマライゼ―ションの特徴の一つである「全ての人が共に生活できるように社会のあり方を変革する」という考え方が、教育、福祉、文化の各分野から公共政策全般を包括する政策概念に発展したものと考えてよいであろう。このための拠点として劇場ホールを社会に位置付けるのが新しい広場を現出させるための一歩である。この社会機能を発揮して初めて、劇場ホール・文化芸術への公的支援を投資と呼ぶことができる。」
↑の写真にあるように、衛館長の講演に使われたパワーポイントには、ふ印同人で先日研究室に遊びに来てくれた、藤原先生とも以前から知り合いの体奏家・新井英夫さんが紹介されました。この劇場alaの「ala町元気プロジェクト」-普段出会うことのない人々がアートを通して出会い、思い出を共有しお互いを理解することで新しいきずなが生まれる-で、市民参加者のファシリテーターとしての役割を担うアーティストに新井英夫さんがなっているのです。高齢者や子ども、フリースクールへの出張アートワークショップで新井さんは可児市民のみなさんのコミュニケーションの潤滑油となり、自己肯定感回復の助けとなり、劇場alaの社会的使命を果たすための代理人となっているのです。高齢者施設へのアウトリーチができるアーティストはほとんどおらず、新井さんは貴重なアーティストとのことでした。私はアーティストというのは自我が強く、自らの活動にのみ執着している人のことを指すのかと思っておりましたが新井さんのように現在求められている社会からの要請に応えて喜ばれている人もいるのだということを初めてしりました。この前研究室に遊びにきてくれた新井さんは高齢者施設へのアウトリーチの先駆者だということがわかりました。

この後、セッションが行われウエストヨークシャープレイハウスの芸術監督のジェーイムズ・ブライニング氏による「コミュニティとのかかわりにおける芸術監督の役割」と題してお話がありました。彼はミッションとして、「私たちのミッションは世界レベルの時代をとらえた、人の心に訴える作品を生み出すこと、その作品と活力によって人々の生活に変革をもたらすことである。そしてミッションの中でも4つの重点方針があります。1.なくてはならない劇場であること 2.創造的コミュニティの中で才能を育てる 3.地域との深いかかわり 4.弾力的な組織を作る。芸術監督の役割として考える目標は1.リーダーシップ 2.地域や世界に向けたプログラム 3.舞台作品を身近に 4.地域劇場の環境に影響を与える 5.芸術開発プログラム 6.パートナーシップ 7.アーティスト主導の参加型作品。-これらを通してコミュニティへの責任を果たす。」
フォーラム終了後は施設見学。

劇場ホールって22:30まで開館しているものなのですね。私の地元の市民会館の開館時間はどうだったかと思いました。

劇場で受験勉強をしていいのだということを初めて知りました。「ここで勉強することはやめて下さい」とは言われないんですね。

両日とも この劇場で受験勉強をしている若者の姿を多く見ました。劇場=居場所、勉強の場所、驚きです!




↓この方アーラクルーズといって、図書館でいえば図書館友の会のようなボランティアの会の方です。みなさん制服を着て来場者に対応しておりました。年会費をだしてこの劇場と来場者を支援しております。

↓主劇場。1000人が入るそうです。稼働率は60%。オーケストラピットが前方4席分あり、椅子が下に下がります。



舞台の間口7ー9間。奥行9間。高さ4-7間。


この椅子の背の部分から夏は冷房がでて、冬は足下の暖房がありこの椅子の背は空気の吸い込み口になり空気を循環させているそうです。

地下の映像シアター。

子供たちが劇場でこのようにしてゲームをしておりました。自らがいてもいい安心安全の場を見つけたのだと思います。


製作室。



木工作業室。家を建てられるくらいの機能がある作業室とのことでした。





1日楽器付き1000円で借りられるスタジオ。高校生がカラオケ感覚で利用することもあるとのこと。





イルミネーションも綺麗でした。



レセプションでは、衛館長、下斗米隆劇場会議名古屋理事長はじめ様々な人と交流。


地元のお酒は、右端の里いも焼酎。美味しくいただきました。




下斗米理事長。

2日目も劇場ロビーで受験勉強している方々を見ました。





2日目は市民向けにこのような企画がありました。






2日目には世田谷パブリックシアターの楫屋一之さんの話しがありました。「劇場の年間予算は7億円くらい。新国立劇場の十分の一程度。区からの補助金が1億円程度。この他、トヨタ自動車、資生堂、東レなどから継続的支援をうけている。チケット収入は4億円程度。
観客創造は、動員ではない。観客の鑑賞力や作品への深い理解力、批判的力をあげていくことである。日常的に劇場という空間を通過して新しい創造的な体験をしていただけるような環境を創って行く必要がある。」
楫屋さんは、何度も「今までの劇場は人を育ててこなかった」とう表現をしました。観客(利用者)は自然発生的に浮上してくるものではない、働きかけがあり、初めて利用者・観客になるということだと解釈しました。これは、心に響くことばでした。劇場のみならず、文化施設は、「人を育てる」ということにどれだけ労力・アイディア・企画・予算を費やし実行してきたのでしょうか。「劇場が人を育てる」というのはキーワードだと思います。



可児市文化創造センター顧客サービス室の坂崎さんからは、この劇場が特に力をいれている事業、全ての市民を対象にしたコミュニティプログラム「アーラまち元気プロジェクト」が紹介され、ここでも、ふ印同人・新井英夫さんが多く取り上げられ、高齢者施設・フリースクール・母子などへのワークショップが高く評価されていました。新井さんのように福祉にアートをもたらすことができる人材はなかなか存在しないとのことです。新井さんは茅野市の介護予防教室でも体を動かすワークショップをしているとのことでした。高齢者施設でもこのような取り組みはセラピイではありませんが、何度もすることでコミュニティ醸成に寄与すると思います。先日福岡のふくふくプラザで参加した高齢者のためのアートセミナーで私は体験しているので実感することができました。










今回の劇場会議参加を通して「劇場は市民に働きかけている」ということを知りました。私は劇場というのは市民の一部の「劇場に興味」がある人々によって利用されるもので、自らには関係のないものだと思っておりました。イメージする劇場は、人気俳優や舌っ足らずのアイドルとよばれる人々をよんで観客がワーワー、キャーキャーいうよう仕向けて、チケット収入をあげるというもので、私は人気取りには興味がありませんし、そのようなもの・ことを楽しいとは思いませんし、心がついていきません。舞台に出る側、それを見る側、ともに年々精神が幼稚化しているのではないか、本当にそんなことが楽しいのかといつも思っておりました。
しかし、今回の劇場会議で出された話しは違いました。劇場が出す作品やプログラムによって、地域のあらゆる年齢・立場の人々の生活に変革をもたらそうとしており、これは意欲的で画期的な試みであると思えたのです。
劇場には設立・運営に税金が投入されていますが、それは未来への投資であるととらえ、それをどう市民に還元していくか、もともと劇場ホールに関心があり金銭的に恵まれた人々に働きかけるのではなく、「観客を育てる」にはどうしたらよいのか、それにはアウトリーチとよばれる出張アートプログラムがありますが、これを高齢者施設やフリースクールなどで行うことにより利用者の底上げ・定着をはかっていることがよくわかりました。私の中では「観客を育てる」という考え方が大きな収穫になりました。元々劇場に興味のある人の関心に沿うプログラムのみではなく、興味のない人に働きかけ、劇場への興味関心を創造し、実際に劇場に来た人々の期待に応えるということを過去、全国の劇場ホールでどれだけなされてきたのか私はわかりませんが、今後、劇場ホールのみならず、文化施設全体として取り組んでいくべき課題であると思えました。
衛館長の言葉にありましたが、文化芸術を提供することは福祉サービスの一環だと私も思います。そして、劇場はこれらを通してコミュニティへの責任を果たしているということがよくわかる会議でした。
岩 井















行かなかったのがすごく残念ですが、岩井さんが書いたものを見てほとんどの内容が理解できました。
ある意味では創造都市のあり方は芸術教育と密接な関係にあるのではないかと改めて感じました。
いい報告どうもありがとうございました。
明日、学校でまたいろんな話聞かせてください。