九州大学大学院芸術工学研究院の大橋サテライト「ルネット」2Fで行われた
『リベラルアーツ+HME 連携トークシリーズ(全)』6回シリーズ。
仕掛けは、作曲家・九州大学大学院芸術工学研究院教授として名高い藤枝守先生。
2015年1月30日(金)夜、第2回目に参加してきました。
このトークシリーズはアートの最前線で活躍されている方々をゲストとして
お招きして、ご自身の活動を振り返ってもらいながら説明していただきます。
今夜のゲストは高橋信也さん。
もともと演劇志望の若者だった学生時代には安部公房のスタジオへ。
その後、演劇からわが国で本格的に受容が始まった頃の現代美術の道へ転換。
東京の池袋で1975年からART VIVANTのメンバーとして
新進気鋭のアーティストをサポートし、または招聘し、キュレーション
活動を展開されてきました。現在は活動の場を六本木にうつされ
森美術館顧問、そのうえ六本木アートナイト事務局長を
務められています。
今回の講演では、ご自身のART VIVANTでの
20年間に渡る活動を基軸として、1970年以降の現代音楽と現代美術の
アートシーンを振り返っていただきました。
ARTVIVANTは東京池袋にあるセゾン美術館の美術専門書店でした。
しかしながら単なる専門書のお店だけではなく、海外から新進気鋭の
作家や、前衛の美術や音楽に関するイベントを計画したりと…
専門書店の分野を超えた幅広い活動を70年代80年代で展開します。
その活動は今のアートシーンの基盤をつくったといっても
過言ではないはず。



高橋さんのお話から得たエッセンスとしては…
(1)1980年代が現代のアートシーンを考える際の期層だと明言されていたこと。
(2)1975年〜1997年まで東京池袋のパルコ・西武美術館・ART VIVANT等が
先導していた現代美術啓発や文化最前線・サブカルチャーの仕掛け等が
学生あがりだった高橋氏とその周辺によって、いたって楽しみながら、
欧米とほぼ時差が無い状態で展開していった、その目撃者としての
クロニクル的な話をたっぷりとしてくださったこと。
(3)そうした楽しんでいる状態を滝口修造(草間彌生の先生)からは
「オイフォリー(多幸症)」だと言われたこと。
(4)最近のアートシーンを振り返って、①3.11以降にプロジェクトで
市民参加型の作品が増えたこと ②サブカルチャーの台頭
③メディアアートの発展と受容
私個人が高橋さんのお話の中で共感を覚えたのは…
「日本には欧米のように作品を買うという文化がない。だから、
日本においてアートは社会との関係性上でしか成立することができない。
つまり、日本におけるアートマネージメントはこの部分を考えていけなければ
ならない。」という部分でした。
まさにこの言葉は今回のシリーズのテーマである
「アートなしでは生きていけない社会へ」にも繋がってくる部分だと思います。
まだまだ続くこのリベラルトークシリーズ。
次回はまさにこの社会との関係の中で生まれるアートシーンを支える
立場のお二人が登壇されます。
次回は2月1日 14時〜 大橋ルネット2F
「アートが生み出す場とコミュニティ」
C.A.P ディレクター 下田展久
山の里美術館「共星の里」
アートディレクター 柳和暢
(報告:藤原旅人/文化政策・アートマネジメント・アートボランティアプランナー)
『リベラルアーツ+HME 連携トークシリーズ(全)』6回シリーズ。
仕掛けは、作曲家・九州大学大学院芸術工学研究院教授として名高い藤枝守先生。
2015年1月30日(金)夜、第2回目に参加してきました。
このトークシリーズはアートの最前線で活躍されている方々をゲストとして
お招きして、ご自身の活動を振り返ってもらいながら説明していただきます。
今夜のゲストは高橋信也さん。
もともと演劇志望の若者だった学生時代には安部公房のスタジオへ。
その後、演劇からわが国で本格的に受容が始まった頃の現代美術の道へ転換。
東京の池袋で1975年からART VIVANTのメンバーとして
新進気鋭のアーティストをサポートし、または招聘し、キュレーション
活動を展開されてきました。現在は活動の場を六本木にうつされ
森美術館顧問、そのうえ六本木アートナイト事務局長を
務められています。
今回の講演では、ご自身のART VIVANTでの
20年間に渡る活動を基軸として、1970年以降の現代音楽と現代美術の
アートシーンを振り返っていただきました。
ARTVIVANTは東京池袋にあるセゾン美術館の美術専門書店でした。
しかしながら単なる専門書のお店だけではなく、海外から新進気鋭の
作家や、前衛の美術や音楽に関するイベントを計画したりと…
専門書店の分野を超えた幅広い活動を70年代80年代で展開します。
その活動は今のアートシーンの基盤をつくったといっても
過言ではないはず。



高橋さんのお話から得たエッセンスとしては…
(1)1980年代が現代のアートシーンを考える際の期層だと明言されていたこと。
(2)1975年〜1997年まで東京池袋のパルコ・西武美術館・ART VIVANT等が
先導していた現代美術啓発や文化最前線・サブカルチャーの仕掛け等が
学生あがりだった高橋氏とその周辺によって、いたって楽しみながら、
欧米とほぼ時差が無い状態で展開していった、その目撃者としての
クロニクル的な話をたっぷりとしてくださったこと。
(3)そうした楽しんでいる状態を滝口修造(草間彌生の先生)からは
「オイフォリー(多幸症)」だと言われたこと。
(4)最近のアートシーンを振り返って、①3.11以降にプロジェクトで
市民参加型の作品が増えたこと ②サブカルチャーの台頭
③メディアアートの発展と受容
私個人が高橋さんのお話の中で共感を覚えたのは…
「日本には欧米のように作品を買うという文化がない。だから、
日本においてアートは社会との関係性上でしか成立することができない。
つまり、日本におけるアートマネージメントはこの部分を考えていけなければ
ならない。」という部分でした。
まさにこの言葉は今回のシリーズのテーマである
「アートなしでは生きていけない社会へ」にも繋がってくる部分だと思います。
まだまだ続くこのリベラルトークシリーズ。
次回はまさにこの社会との関係の中で生まれるアートシーンを支える
立場のお二人が登壇されます。
次回は2月1日 14時〜 大橋ルネット2F
「アートが生み出す場とコミュニティ」
C.A.P ディレクター 下田展久
山の里美術館「共星の里」
アートディレクター 柳和暢
(報告:藤原旅人/文化政策・アートマネジメント・アートボランティアプランナー)














