
ソーシャルインクルージョン/社会包摂とは何か。どういうことをいうのか。これを継続して実践するとはどういうことか。「文化や芸術、そして、図書館はソーシャルインクルージョン/社会包摂を本質的に、そして、継続して担うことができるのか」ということは私の研究テーマの一つです。平成23年1月18日時点の政府は「一人ひとりを包摂する社会」を標榜し、特命チームを設置し検討を進め、基本認識及びそれに基づく今後の取組方針となる「基本方針」をとりまとめております。
私はソーシャルインクルージョンを現場で知るため、2015年1月3日(土)12:00~16:00くらいまで、北九州市小倉の勝山公園で行われたNPO法人抱樸-ほうぼく-(旧北九州ホームレス支援機構)の炊き出しに参加してきました。抱樸のHPには、「1/3(土)、毎年恒例の追悼集会と新年炊き出しを行います。皆さま、ぜひボランティアとしてお手伝い、ご参加ください。追悼集会では、亡くなられ引き取り手のない方(ホームレスの方や、自立後も家族との関係回復がかなわなかった方等)を忘れず、黙とうの時間をもちます。また、関係性を喪失している方にとって、年末年始は心身ともに冷え込む季節です。そこで、特別の炊き出しを行い、ボランティアの方も一緒にお弁当を食べ、みんなでお正月のひと時を過ごしたいと思います。」とありました。
抱樸は、「ホームレスを生まない社会を創造する/NPO法人抱樸」であり、以下の事業などをしております。
・ボランティア支部およびボランティア事務局の設置-ボランティア事務局を設置しボランティア活動を後方支援。
・炊出し事業-野宿者等に対する衣食支援。かぜ薬や胃薬配布、医師による健康相談等も実施。
夏期隔週実施 冬期毎週実施 出食数:年間3,000食
・パトロール事業-炊き出し後、ボランティアによるパトロールを実施。7コースに分かれて巡回。
・自立支援住宅事業-抱樸館北九州内に自立支援住宅5室を確保。ボランティア2~3名が伴走支援。6か月の入居後、生活へ移行。
・広報事業-ボランティアによる会報の発行(年2回各4,000部)。ニュースレター発行。HPの管理等を実施。
・サポート・育成事業-ボランティアによるボランティア育成。自立者へのサポートとして入院見舞いボランティア、誕生カード作り、居場所提供「なごみカフェ」運営など
・互助会事業-本年4月に発足。支援者と被支援者の垣根を超えるためのお互いの支え合いの仕組み。元当事者がお助け隊となり軽作業等を地域でボランティア。支える側と支えられる側の相互性、可逆性を実現する。現在自立者、支援者を含め200名が参加。
・生笑一座事業-野宿体験をした元当事者4人が、自身の経験を語ることにより生きることを伝える公演を実施。小中学校の授業、講演会等に出張。
これ以外にも自立支援・就労支援などなどをしております。詳しくはHPを。
理事長の奥田知志(おくだともし)氏は、1963年滋賀県生まれ。日本バプテスト連盟・東八幡キリスト教会牧師。1988年12月から北九州におけるホームレス支援活動を始められました。脳科学者の茂木健一郎氏との著作があったり、NHKプロフェッショナル仕事の流儀でも取り上げられたことがある方です。
初めて小倉に行ったのですが、炊き出し開催場所の勝山公園内でこのような碑を見ました。
勝山公園に行くと、スタッフの方やボランティアの方が沢山いて組織的に動いており、私はほとんど何もお手伝いをしないまま、準備は全て完了。
NHK、RKB、読売新聞が取材に来ておりました。
そうこうしているうちに下のような「えっとうかわらばん」をもらいました。
「抱樸」とはどういう言葉か、奥田理事長によりますと、
「抱樸は老子の言葉です。私は、学生時代、住井すゑを通して、この言葉に出会いました。」
「素を見し樸を抱き」-「樸(ぼく)」は荒木(あらき)。すなわち原木の意。「抱樸」とは、原木・荒木を抱きとめること。抱樸には、大きく二つのテーマがあります。
第一のテーマは、受容と希望です。山から切り出された原木をそのまま抱く。製材所に運ばれてと整えられたら受け止めるのではなく、原木をそのまま受け止めるということです。その時、希望が生まれます。原木は、役割を得て、杖や家具となり、他者のために生き始めます。
第二のテーマは、絆は、傷を含むということです。原木のままお互いに抱きとめるということは、傷つくことが伴なうということです。
しかし、傷ついてでも引き受けてくれる人、地域、社会がまず必要なのです。社会参加、受容的社会が、自立を支えます。」
午後1時になり追悼式が行われました。奥田理事長がこの活動をはじめてから亡くなった方々を弔うため、参加者で花を手向け、黙とうしました。台の上にある木片はお位牌です。
平成24年も亡くなった方がいたそうです。この方は以前は仕事をしていたけれど、体をこわして仕事ができなくなり、家はあるけど食べるものにも困っていたそうです。高齢で、今後のことを話し合っている矢先、自宅でなくなられたそうです。
奥田理事長の「忘れられることはいけないことだ」という言葉が心に残りました。
スタッフの方々は手早く焼肉弁当を作ってました。
↓みんなで焼肉弁当を食べる。
真ん中、長淵剛のようなイデタチでバイオリンを弾き歌い演奏をしたのは南小倉バプティスト教会の谷本仰牧師です。谷本さんは音楽家でもあります。
私の青空、男はつらいのよテーマ 上を向いて歩こう、ピートシーガー(「花はどこへいった」の作詞作曲歌。平成24年に亡くなる)の 腰まで泥まみれ、ひょっこりひょうたん島のテーマ曲 などなどをひじょ~うに楽しく演奏して下さいました。ホントによかったですよ。
後片付けもきちんとしました。
最後はなぜか「(1・2・3)ダーッツ」で終了。夜の寒さへ向けて気合を入れます。
参加できてよかった。みなさま ありがとうございました。
私は今回の炊き出しには、調査ではなくボランティアとして参加しました。少なくともボランティアとして参加しようと思い現場に行きました。抱樸や奥田理事長のことも知らず、「ソーシャルインクルージョン/社会包摂は何か」、それを実際に行う側の立場のボランティアとして働こうと思っておりました。しかし、実際に勝山公園にいってみると、誰がスタッフなのか、誰が支援者なのか、誰がボランティアなのか、誰がホームレスなのかよくわからないような雰囲気で、追悼をし、その後私にも食べ物が与えられました。皆さんで同じものを食べ、飲み、カラオケやコンサートを楽しんだのです。私は無職の方と英会話を話題として話をしてきました。その後の谷本仰牧師のコンサートのなんと楽しかったこと。言われるまま♫ひょっこりひょうたんじ~ま~♫とみなさんで踊って、私は誰かに何かを施すという意識はなくなりました。
今回、抱樸の炊き出しに参加してみて、社会的な立場に関係なくこの炊き出しの現場を分かち合い、楽しく過ごすことが、現在の私が貢献できることであり、見知らぬ私と同じテーブルで同じものを食べたり、同じものを見て歌ったり笑ったりすること、それが「ホームレス」という方々にとっての「社会参加の場」になっていると思えました。この社会参加の場が増えること、それが生きているという実感につながるように見えます。
社会活動家の湯浅誠氏は、「社会包摂とは基本的には社会に対する参加の保障」と述べています。人々が参加できる場を確保していくこと、とのことです。「就労という言葉が使われる場合、その場に同僚がいたり,その働くことを通じてやりがいなり生きがいなり,あるいは人の役に立っているという感覚なり,そういうものを得ていく。そうしたことが,人が生き生きと生活していく上で重要だということまで含んでいます。」
奥田知志理事長は以下のように述べています。(以下、抱樸のHPより)
「私たちは、これまで三つの使命を掲げて歩んできました。
・ひとりの路上死も出さない
・ひとりでも多く、一日でも早く、路上からの脱出を
・ホームレスを生まない社会を創造する
この三番目の使命、ホームレスを生まない新しい社会を創造することが、これからの大きなテーマとなります。新しい地域社会、人と人の出会い方とつながり方、生きるための学び、分かち合うための知恵を得、赦す心、弱いもの同士が出会い役割を得る、そのような新しい社会の創造を模索します。
確かに貧困は、忌むべき状態です。しかし、そのようなつらい現実が、新しい地域社会の胎動となることを信じたいと思います。出会いや絆は傷を含みます。傷なくして、私たちは出会うことはできません。そして、その痛みを伴う出会いこそが、新しい社会を創造し、相互豊穣のモメントとなるのです。私は、そんな新しい地域社会を夢見ます。私たちは、いよいよその段階に差し掛かろうと思います。」
-------------------------------------
「文化や芸術、そして、図書館はソーシャルインクルージョン/社会包摂を本質的に、そして、継続して担うことができるのか」という問いへの答えを求めてボランティアとして参加したのですが、残念ながらその答えを得ることはできませんでした。しかし、「社会包摂」は「社会参加」の場を与えられることを経て、「創造」につながるのではないかという考えに至りました。今回のソーシャルインクルージョン/社会包摂の現場としての抱樸の炊き出しから、排除せず包摂することが社会参加の前提であり、実際に今回のような場を創出することで人は次につながる建設的行為をしようとするのではないか。ここで昨年11月30日に北海道深川市で見た市民参加の音楽物語『わが街 深川』(ふ印ブログ参照)が思い出されました。一般市民が個人の物語を社会に提示したり、主婦や普通に働いている人々がプロの指導を経て社会化され、参加と創造の場を与えられたことが、「創造」という実際の行為につながったようにみえます。深川のホールの館長がプロの俳優や演奏家だけで演劇を終わらせるのではなく(=排除せずに包摂「社会に対する参加の保障」する)、実際に一般市民やその物語をひっくるめて社会に参加させたから、「創造」につながったのではないかと思えるのです。
抱樸の包摂機能からくる炊き出しと市民参加の芸術活動は、参加のプロセスを経てつながるのではないでしょうか。
社会包摂はそれだけでは自閉する・閉じた回路の中にいて、創造は創造だけしようとしてもどこかに無理があったり、綻びがあったりするように見えます。この2つの概念は社会参加を取り入れることで結びつく関係にあると思えました。社会包摂は人々の実際の社会参加を経て創造につながりたがっていると考えたいです。
岩 井