5月25日、学部授業「芸術文化環境論」第2回目の学外演習が菊池にて行われました!

学部2,3年生を対象にしたこの授業、(私を含め)学生のほとんどは菊池市を訪れたことがありません。行きの車内ではそんな学生たちに藤原先生が導入として菊池について概説してくださいました。
菊池市は熊本県北部に位置する人口およそ5万人の小都市です。市の北部には八方ヶ岳があり、東部の阿蘇外輪山の鞍岳まで山岳が連なっています。山岳からの豊富な水が一級河川・菊池川に流れ、菊池平野を潤しており、非常に肥沃な土地です。
江戸時代より米どころとして知られ、その質の高さから大坂の米市場では基準米になったほど。今でも米を中心に様々な農作物が生産されていて、農業産出額は熊本県内第2位、うち畜産はなんと県内第1位かつ全国第5位(2006年)だとか。西日本最大の酪農地帯でもあり果物栽培も盛んという農業大国!(?)なのです。
また菊池は歴史も古く、7世紀には白村江の戦いで緊迫した東アジア情勢のもと、九州防衛のための朝鮮式古代山城・鞠智城が築城されています。福岡の大野城や水城と同じ頃、同じ役割を担っていたわけですね。
平安〜室町後半には肥後武士団最大の菊池一族(本姓・藤原氏)が隆盛を極めます。本拠地は隈府、今の菊池市立町の辺りですね。特に南北朝時代には、菊池市は九州の南朝方の有力武士として懐良親王を征西将軍に奉じ、北朝方を破り12年間に渡り九州を統治しました。
室町幕府成立後は貿易に力を入れ、桂庵玄樹が儒学を説く等、文教の菊池としても名高いそうです。しかし16世紀の初め頃、菊池氏は家督争いから大友氏や阿蘇氏に肥後守護職を奪われ、一族は途絶えてしまいます。その後、菊池の町は細川藩の治世で肥後城北地方の在郷町として繁栄し、明治、大正、昭和まで賑わうことになるのです。

15代菊池武光像(菊池市民広場)

菊池市民広場に着くと、菊池市役所の柴田さんと菊池養生詩塾・藤原研究室博士在籍中の佐藤さんが出迎えてくださいました。


この日のメインはなんといっても「湯ったり菊池の軽トラ朝市」です。今回で49回目だそうで、11時前と少し遅めに着きましたが商店街は大賑わいでした。


RKKラジオの公開収録に出演されていた江頭市長
この日はRKKラジオの公開収録だけでなく、TBS系番組「いっぷく!」の取材も来ていたそうです。s残念ながら取材班の姿はすでに見えませんでしたが…

天草ハイヤで九大チームリーダーを務めてくれた圭一くんが(なぜか)わたあめ屋さんになっていました。
商店街のあちこちで学生は普段の暮らしでは会えない人たちと交流を重ねていきました。

電動カート、STAVi(スタビィ)の実演も!これまでの高齢者向け電動カートに無いスマートなフォルムと操作性、さらに座っているのに立った時と同じ視点で動けるという画期的なヴィークル。これには九大生も興味津々です!
他にも

コマ回し&作り屋さんや

自然派食品のお店(こちらの玄米茶とごぼう茶美味かったです)など、色んな屋台が商店街沿いに店を出していました。

商店街の通りから一本入ると歴史的な建造物が残っている通りに出ます。こちらはあまり人通りは多くありませんでした。


気になるサンダル…

途中、西岡商店さんに少しお邪魔しました。この周辺にはコンビニやスーパーが徒歩圏内に無い為(商店街のすぐ側なので当然ですが)、自動車を運転されない高齢者の方の貴重な商店になっています。店内は鮮魚や野菜の食料品から日用品まで扱っていて、とても懐かしい雰囲気と匂いでした。
そこからさらに少し歩き、菊池高校前へ向かいます。


この将軍木は菊池高校の正門前にあります。後醍醐天皇の皇子である征西将軍・懐良親王(かねながしんのう)が手植えされたといわれる椋の木です。古来からこの木を将軍宮の象徴とし、正面にある能場で「松囃子能」が奉納されています。

これが将軍木の向かいにある能舞台です。一般的な能舞台は正面に客席が並びますが、ここで披露される御能はあくまで将軍木に捧げるためのものなので、客席を設けません。こういった神事としての御能は本来であれば京都にこそ残っているべきものですが、残念ながら現存せず、ここ菊池では受け継がれているという貴重な例となっています。ちなみに先ほどの西岡商店さんのご主人がこの能舞台の保存会を主宰されているそうです。

菊池御松囃子御能の石碑。御の字が2つあるのが面白いです。国の重要無形民俗文化財に指定されています。



菊池の保存食”とじこ豆”
素朴な甘さと大豆の食感が特徴的な保存食です。菊池一族もこれを食べて戦場で戦っていたのかもしれませんね。



お昼を挟んで、菊池神社にお邪魔しました。明治3年に創建された神社で、12代菊池武時・13代武重・15代武光を祭神として祀っています。
境内には入母屋造りの拝殿、流造の本殿があり、歴史資料館では日本初の血判文書として有名な菊池家憲、国指定重要文化財の能運公画像、菊池御松囃子御能の衣装などを展示されていました。

鞠智城
冒頭でも書きましたが、660年に当時の倭国の同盟国であった百済が滅亡し、その復興のため救援要請を受けた中大兄皇子(のちの天智天皇)が援軍を送ります。これが663年の白村江の戦いで、結果は倭国・百済軍の敗北に終わります。このことで緊迫した東アジア情勢のもと、九州防衛のための水城や朝鮮式古代山・城大野と城鞠智城が築城されました。

最後に七城メロンドームにて市役所の方から菊池の現状と課題、取り組みをお話頂きました。

講演の導入は5月21日に放送された「いっぷく!」の映像から。番組では菊池市と「いっぷく!」が姉妹都市協定を結び、小山薫堂氏が菊池に訪れて江頭市長と対談したり町を散策していました。
江頭市長は番組内で「観光客が40万人訪れていたのが13万人に減少し、経済が停滞気味で元気がない。我々だけではどうしようもないので新たなアイデアなどいただければ」、「菊池は名水と質の高い農作物が1つの売り。菊池温泉もある。癒やしを与えられるまちにしたい」と話しておられました。
今後は小山薫堂氏のアドバイスのもと、菊池のPR資源をブラッシュアップし、より魅力的な町に近づいて行くようです。学生の中には将来自らコンテンツを作り出し、またはプロデュースしていきたい者が少なからずおり、彼らも刺激を受けたのではないかと思いました。
その後、菊池市内の歴史遺産を文化財保護課の方からお話しいただきました。迫間橋や永門橋、立門橋といった江戸末期の石橋が今なお残り、築地井手が熊本県の歴まち認定を受けるなど情緒あるまちこと。また物流で栄えたまちであるため、初代菊池則隆公ゆかりの神来貴船神社には船着場跡があることなどをお話しいただきました。
しかし「地元の方が地元の歴史や文化財を知らない」現状があるようでした。どの地域も同じかもしれませんが、地元のアイデンティティ形成につながる歴史・文化的な背景をどのように継承していくのか。郷土史を学ぶことの重要性を改めて理解できました。

最後にメロンドームの物販コーナーへ。メロンの糖度測定の様子などを説明して頂きました。
中心市街地の活性化の実践としての軽トラ朝市に始まり、菊池地域の歴史・文化的背景をフィールドワークと講演を通して学び、全国屈指の農畜産物の現状を知るという総合的かつ立体的なフィールドワークが出来たかと思います。これからも菊池に注目し、ここでの実践が他の地域でどう生きてくるのか考えていきたいと思います。
(文責:吉峰)

学部2,3年生を対象にしたこの授業、(私を含め)学生のほとんどは菊池市を訪れたことがありません。行きの車内ではそんな学生たちに藤原先生が導入として菊池について概説してくださいました。
菊池市は熊本県北部に位置する人口およそ5万人の小都市です。市の北部には八方ヶ岳があり、東部の阿蘇外輪山の鞍岳まで山岳が連なっています。山岳からの豊富な水が一級河川・菊池川に流れ、菊池平野を潤しており、非常に肥沃な土地です。
江戸時代より米どころとして知られ、その質の高さから大坂の米市場では基準米になったほど。今でも米を中心に様々な農作物が生産されていて、農業産出額は熊本県内第2位、うち畜産はなんと県内第1位かつ全国第5位(2006年)だとか。西日本最大の酪農地帯でもあり果物栽培も盛んという農業大国!(?)なのです。
また菊池は歴史も古く、7世紀には白村江の戦いで緊迫した東アジア情勢のもと、九州防衛のための朝鮮式古代山城・鞠智城が築城されています。福岡の大野城や水城と同じ頃、同じ役割を担っていたわけですね。
平安〜室町後半には肥後武士団最大の菊池一族(本姓・藤原氏)が隆盛を極めます。本拠地は隈府、今の菊池市立町の辺りですね。特に南北朝時代には、菊池市は九州の南朝方の有力武士として懐良親王を征西将軍に奉じ、北朝方を破り12年間に渡り九州を統治しました。
室町幕府成立後は貿易に力を入れ、桂庵玄樹が儒学を説く等、文教の菊池としても名高いそうです。しかし16世紀の初め頃、菊池氏は家督争いから大友氏や阿蘇氏に肥後守護職を奪われ、一族は途絶えてしまいます。その後、菊池の町は細川藩の治世で肥後城北地方の在郷町として繁栄し、明治、大正、昭和まで賑わうことになるのです。

15代菊池武光像(菊池市民広場)

菊池市民広場に着くと、菊池市役所の柴田さんと菊池養生詩塾・藤原研究室博士在籍中の佐藤さんが出迎えてくださいました。


この日のメインはなんといっても「湯ったり菊池の軽トラ朝市」です。今回で49回目だそうで、11時前と少し遅めに着きましたが商店街は大賑わいでした。


RKKラジオの公開収録に出演されていた江頭市長
この日はRKKラジオの公開収録だけでなく、TBS系番組「いっぷく!」の取材も来ていたそうです。s残念ながら取材班の姿はすでに見えませんでしたが…

天草ハイヤで九大チームリーダーを務めてくれた圭一くんが(なぜか)わたあめ屋さんになっていました。
商店街のあちこちで学生は普段の暮らしでは会えない人たちと交流を重ねていきました。

電動カート、STAVi(スタビィ)の実演も!これまでの高齢者向け電動カートに無いスマートなフォルムと操作性、さらに座っているのに立った時と同じ視点で動けるという画期的なヴィークル。これには九大生も興味津々です!
他にも

コマ回し&作り屋さんや

自然派食品のお店(こちらの玄米茶とごぼう茶美味かったです)など、色んな屋台が商店街沿いに店を出していました。

商店街の通りから一本入ると歴史的な建造物が残っている通りに出ます。こちらはあまり人通りは多くありませんでした。


気になるサンダル…

途中、西岡商店さんに少しお邪魔しました。この周辺にはコンビニやスーパーが徒歩圏内に無い為(商店街のすぐ側なので当然ですが)、自動車を運転されない高齢者の方の貴重な商店になっています。店内は鮮魚や野菜の食料品から日用品まで扱っていて、とても懐かしい雰囲気と匂いでした。
そこからさらに少し歩き、菊池高校前へ向かいます。


この将軍木は菊池高校の正門前にあります。後醍醐天皇の皇子である征西将軍・懐良親王(かねながしんのう)が手植えされたといわれる椋の木です。古来からこの木を将軍宮の象徴とし、正面にある能場で「松囃子能」が奉納されています。

これが将軍木の向かいにある能舞台です。一般的な能舞台は正面に客席が並びますが、ここで披露される御能はあくまで将軍木に捧げるためのものなので、客席を設けません。こういった神事としての御能は本来であれば京都にこそ残っているべきものですが、残念ながら現存せず、ここ菊池では受け継がれているという貴重な例となっています。ちなみに先ほどの西岡商店さんのご主人がこの能舞台の保存会を主宰されているそうです。

菊池御松囃子御能の石碑。御の字が2つあるのが面白いです。国の重要無形民俗文化財に指定されています。



菊池の保存食”とじこ豆”
素朴な甘さと大豆の食感が特徴的な保存食です。菊池一族もこれを食べて戦場で戦っていたのかもしれませんね。



お昼を挟んで、菊池神社にお邪魔しました。明治3年に創建された神社で、12代菊池武時・13代武重・15代武光を祭神として祀っています。
境内には入母屋造りの拝殿、流造の本殿があり、歴史資料館では日本初の血判文書として有名な菊池家憲、国指定重要文化財の能運公画像、菊池御松囃子御能の衣装などを展示されていました。

鞠智城
冒頭でも書きましたが、660年に当時の倭国の同盟国であった百済が滅亡し、その復興のため救援要請を受けた中大兄皇子(のちの天智天皇)が援軍を送ります。これが663年の白村江の戦いで、結果は倭国・百済軍の敗北に終わります。このことで緊迫した東アジア情勢のもと、九州防衛のための水城や朝鮮式古代山・城大野と城鞠智城が築城されました。

最後に七城メロンドームにて市役所の方から菊池の現状と課題、取り組みをお話頂きました。

講演の導入は5月21日に放送された「いっぷく!」の映像から。番組では菊池市と「いっぷく!」が姉妹都市協定を結び、小山薫堂氏が菊池に訪れて江頭市長と対談したり町を散策していました。
江頭市長は番組内で「観光客が40万人訪れていたのが13万人に減少し、経済が停滞気味で元気がない。我々だけではどうしようもないので新たなアイデアなどいただければ」、「菊池は名水と質の高い農作物が1つの売り。菊池温泉もある。癒やしを与えられるまちにしたい」と話しておられました。
今後は小山薫堂氏のアドバイスのもと、菊池のPR資源をブラッシュアップし、より魅力的な町に近づいて行くようです。学生の中には将来自らコンテンツを作り出し、またはプロデュースしていきたい者が少なからずおり、彼らも刺激を受けたのではないかと思いました。
その後、菊池市内の歴史遺産を文化財保護課の方からお話しいただきました。迫間橋や永門橋、立門橋といった江戸末期の石橋が今なお残り、築地井手が熊本県の歴まち認定を受けるなど情緒あるまちこと。また物流で栄えたまちであるため、初代菊池則隆公ゆかりの神来貴船神社には船着場跡があることなどをお話しいただきました。
しかし「地元の方が地元の歴史や文化財を知らない」現状があるようでした。どの地域も同じかもしれませんが、地元のアイデンティティ形成につながる歴史・文化的な背景をどのように継承していくのか。郷土史を学ぶことの重要性を改めて理解できました。

最後にメロンドームの物販コーナーへ。メロンの糖度測定の様子などを説明して頂きました。
中心市街地の活性化の実践としての軽トラ朝市に始まり、菊池地域の歴史・文化的背景をフィールドワークと講演を通して学び、全国屈指の農畜産物の現状を知るという総合的かつ立体的なフィールドワークが出来たかと思います。これからも菊池に注目し、ここでの実践が他の地域でどう生きてくるのか考えていきたいと思います。
(文責:吉峰)














