
2014年新年、ふ印ボス藤原先生は佐賀経済同友会村岡安廣会長さん達に招かれて佐賀経済同友会新年会記念講演会において「明治日本の産業革命遺産〜九州・山内の近代化遺産群〜市民が支え育てる世界遺産」を行いました。
講演後、会長の村岡さんがみずからふ印ボスと私(柯)を近世佐賀を遡るルーツとも言える小城へご案内してくださることとなり、緊張しながらもありがたく参加させていただくこととしました。初めての町でしたが、小城市に蓄積された数多くの文化遺産・文化資源を丁寧に案内してくださって、たくさんの勉強をさせてもらうことができました。まずは村岡さんに感謝いたします。とてもありがとうございました。
小城公園
小城公園は、近世以降の初代小城藩主・鍋島元茂が当時、鯖岡と呼ばれた小丘に桜を植え、茶屋を設けたのが始まりとされています。
近世以前の阿蘇惟直を記念する碑 米欧回覧実記で有名な久米邦武の碑文になります。



桜城館
小城市の文化遺産・文化資源まち歩きのビジターセンターとも言える「桜城館」は、1階が図書館、2階は「小城市立歴史資料館」と「中林梧竹記念館」により構成されています。中でも中林梧竹(ごちく)は近代期における小城の生んだ書道家で「書聖」とも呼ばれます。書家と言えば私たちにはふ印ボスの活躍が思い出されますが、じつはボスもこの梧竹先生に対する強い憧れがあったとのこと。ついつい展示内容にすっかり魅了させれしまいました。観賞後、当館で開催された梧竹展のオリジナル・ブックレットを買い求めて嬉しそう、です。
明治36年に唐津線が開通したときの建物をそのまま活用している文化遺産としてのJR小城駅

江藤新平碑
子どもの頃、小城で育って人物です。明治新政府を代表する元勲の一人。明治維新後、新政府の初代司法卿、司法権の独立、司法制度の整備に尽くしました。



祥光山星巌寺
祥光山星巌寺は小城藩主鍋島家の菩提寺として知られる黄檗宗の寺です。黄檗宗は江戸時代になって中国大陸から伝播した最後の仏教とも言えるものです。二代藩主・直能が、貞享元年(1684)に幕府に申請して建立しました。
いろいろな人間の生きる表情を見せている小さな石像群の「五百羅漢」が、境内を訪れた人を優しく迎えてくれます。
村岡総本舗本店・羊羹資料館
現在「小城」といえば、すかさず「小城羊羹」の味の記憶や歯触りの印象が思い出される人も多いはず。その本家本元がこの地です。ご案内いただいた村岡社長さんこそ「小城羊羹」の名付け親としてつとに知られる明治期の村岡安吉のお孫さんです。



大正時代に建てられた羊羹資料館の建物は、佐賀県初の国登録有名文化財としても知られています。平成9年に登録されました。
2階の展示室では、羊羹の製造道具や原料、歴史に関する資料などがわかりやすく映像や実物を通して展示されています。



大野代官所跡
この文化遺産は、今回の踏査の中でとくに村岡社長さんが用意してくださった目玉でもありました。1859年、小城藩が飛び地として管轄していたこの地に藩士の富岡敬明が2代目山内目代(もくだい)として赴任、富岡敬明は代官在任中の1862年に佐賀藩を脱藩し永蟄居になっていた江藤新平をかくまったのです。代官所の北の金福寺に住まわせて寺子屋を開かせたと伝えられています。その後、富岡は明治新政府の中で山梨県の官吏になった後、さらに明治9年(1876)熊本県の県令(県知事)となって近代化を率先して主導します。その中で三角西港の計画を立て明治20年(1887)に実現させていくのです。ちょうど、前日、ふ印ボスと私は三角西港のワークショップに参加していましたので運命のような気分を感じました。
村岡さんは佐賀経済同友会の代表幹事と同時に、佐賀県教育委員会の委員でもあります。
ふるさとにおける文化財の調査と保護を一生懸命推進し、地元の文化事業に多大な貢献をくれ、今日はいろいろと案内していただきました。
心から感謝致します。
今後とも佐賀県の再発見とまちづくり活用に大きな力を発揮してくださることと思います。私たちも応援させていただくことができることを楽しみにしております。
BY D1 柯勝釗

























