毎日新聞 2013年12月29日余禄より 以下全文
司馬遼太郎(しば・りょうたろう)が初期に書いたエッセー「私の小説作法」に有名な一節がある。ビルの屋上から下を眺めるようにして、「すでに完結した人生」をとらえ、歴史を考えるのが面白いというのだ。鳥の目で人間の営みを見る司馬作品の神髄を打ち明けた言葉だろう▲年が替わる節目が近づくと凡夫の身でも、視野を広げて時間の流れを見渡したくなる。過去を振り返るのもいいし、将来から現代を見つめれば、何を感じるのだろうかと想像するのも楽しい▲長崎市の端島(はしま)を訪ねたのは今年の晩秋の晴れた日だった。九州大学の藤原恵洋(ふじはら・けいよう)教授(建築史)らの調査に同行させてもらった。かつて炭鉱で栄えた島はそのシルエットから「軍艦島」と呼ばれる。周囲1・2キロの島に5200人が暮らし、人口密度が東京の9倍ともいわれたが、1974年に閉山し、現在は無人島になっている▲2015年の世界文化遺産登録をめざす「明治日本の産業革命遺産」の一つだ。日本最初の鉄筋コンクリート造りの集合住宅をはじめ、かつての最先端のビル群が高密度に建ち並んでいる。あちこちで鉄骨がむき出しになり、崩落していた▲海風や波の痕跡が目立ち、ガレキが散乱する。そんな廃虚になった街でほこりにまみれながら、妙に懐かしいような思いにかられた。近代化や経済成長に突き進んだ時代を一つの文明の形として実感したからだ▲軍艦島の光景を思い浮かべながら、ふと考える。今という時代は何に向かって進んでいるのだろう。未来人は、この文明の姿をどう評価するのだろうか。長い時間軸で、私たちにとって何が大切かを考えるのも悪くないと思ったのだ。








