建築史家でまちづくりオルガナイザーこと、九州大学藤原惠洋(ふじはらけいよう)名誉教授の活動と、通称ふ印ラボ(ここで「ふ」の文字は意味深長なのでちょっと解説を。ひらがなの「ふ」は「不」の草体。カタカナの「フ」は「不」の初画を指しています。そのまま解釈すれば「つたない」かもしれませぬ。しかし一歩踏み込んで「不二」とも捉え「二つとないもの」を目指そう、と呼びかけています。ゆえに理想に向けて邁進する意識や志を表わすマークなのです。泰然・悠然・自然・真摯・真面目・愚直を生きる九州大学大学院芸術工学研究院芸術文化環境論藤原惠洋研究室というわけ、です!)の活動の様子をブログを介して多くの同人・お仲間・みなさまにお伝えしています。 コミュニケーションや対話のきっかけとなるようなコメントもお待ちしております!

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筑波大学教授の稲葉信子先生による「国際文化遺産保護法」では、有形文化遺産
無形文化遺産、産業遺産、世界遺産、といった遺産をとりまく様々な事例・問題・
最新情報・現場の声・専門家の知見などを、国際的、世界的レベルを照準に考察
する授業です。 この日は無形文化遺産に対する意識の差と措置について考え
させられる講義となりました。




「重要無形文化財」は日本特有のもの
 

日本は戦前にも無形文化財に対する意識は法律上にも存在していたものの
本格的に「無形文化財」という形で保護の対象になったのは1950年制定
「文化財保護法」によってであった。しかしその保護対象は狭義であり
「現状のまま放置し、国が保護しなければ衰亡のおそれのあるもの」を選定無形
文化財とした。すなわち衰退の兆しが著しい時点で保護対象となる消極的な
ものであった。

 しかし1954年の文化財保護法改正により、選定無形文化財の制度は廃止。
衰亡の危機か否か、は基準として除外された。無形文化財としての価値あるものが
「重要無形文化財」を指定することが可能となった。現代においても有形文化財と
無形文化財として切り分けて保存されている。

しかしこのような手法は世界からするとメジャーではなく、むしろ日本特有の
措置となっている。
 


ユネスコ無形文化財
 

1950年の日本の無形文化財に対する保護制度から遅れること約50年、
2003年第32回ユネスコ総会において「ユネスコ無形文化遺産」という制度によって
世界中の無形文化財がリスト化されることになった。なぜ50年という長期間の
タイムラグが発生したのだろうか。それは一概に「日本に先駆性があった」という
訳ではない。有形文化遺産に比べて無形文化遺産はマイノリティが持つ固有の文化
が多数存在し、これらに対する国々の、意識や措置の差が理由であった。
 


ユネスコの無形文化遺産に記載される基準は、有形文化財と比べて格段に低い。

国が自己申告するような形で、近年は1年に1つ申請することが可能となっている。
無形文化遺産としての条件は
 

・口承による伝統及び表現(無形文化遺産の伝達手段としての言語を含む)

・芸能、社会的慣習、儀式及び祭礼行事、自然及び万物に関する知識及び慣習

・伝統工芸技術
 

となっており、いずれか1つにあてはまれば申請可能である。

無形文化遺産が生まれた当初は各国が複数申請可能であった。

しかしいざ蓋を開けてみると、申請したのは中国・韓国・日本といった東アジアが
大多数を占めた。文化を国家の威信と結びつける政治的思惑が伺える。

一方で、ヨーロッパ・アフリカ・新生国の申請は非常に少ないものであった。
それらには、3つの理由がある。

 

1 民主主義先進国
 

イタリアのシエナの競馬やナポリの祭は無形文化遺産に登録されていない。
これはなぜか。イタリア・スイス・イギリス・フランス・アメリカといった
民主主義の歴史が長く地方自治が行われている国々は、国が無形文化遺産を
管理していないことにある。民俗文化財に相当するものは、地方自治の中で
それぞれ保護されている。よって国が介在すべき課題としてみなされにくい
側面を持っている。



2 先住民文化の保護と無形文化遺産
 

アボリジニ、アメリカンインディアンといったファーストネーション(先住民
文化)が存在するオーストラリア、ニュージーランド、アメリカは、独自の
保護制度や知的財産という枠が存在する。これらは保護に国の予算がつくので
その文化にとって実用的な価値を持つ。無形文化財として保護することは重複する
ことになる割に実用性は少ないため、積極的に捉えられてはいない。
 
 


3 無形文化が生活の中に溶け込んでいる国々
 

グローバル化や開発が及んでおらず、従来の歴史文化と生活が切り分けられて
いない地域にとって、「無形文化遺産」という価値付けは当事者にとって
見出されない。アフリカ大陸の事例である。(登録はされているが、一国に
一つなどと少数である)また2010年にはアルタイ山脈周辺民族の伝統的唱法
「ホーミー(トゥバだとホーメイ)をモンゴル国、中国、ロシア連邦にまたがって
国際的に登録するなど、文化領域の問題も課題としてあがった。
 
 

ユネスコの有形文化遺産と無形文化遺産
 

ユネスコの中には「世界遺産は価値を評価している。無形文化遺産条約においては
価値は評価しない。比較をしない。」と述べる人々も存在し、オーセンティシティ
価値評価が拒絶されている。よって無形文化遺産リストに載せる場合、各国が推薦
したものがそのまま表記されるものという立場をとっていた。
しかしいざ箱を開けてみると、アフリカからは出て来ず、東アジアに偏っていた。
近年は各国、一年に一つだけ記載することを認めている。あるヨーロッパの国に
おいて、馬に関する文化を無形文化遺産に申請したが、貴族の文化であるとして
採用されなかったことがある。
 

中央政府が行うべきものと、地域自治体で管理するといった線引きは、ヨーロッパ
の方が冷静に線引きがされている。日本はどちらかというとすべて国を通して
管理しがちである。




世界遺産条約OUV「顕著な普遍的価値」


世界遺産条約「顕著な普遍的価値」が入ってきたのは途中からである。
1972年条約制定時の案文には存在しなかった。ユネスコは制度設計をしている
時点では、言葉すら存在しなかった。


「顕著な普遍的価値とは、国家間の境界を超越し、人類全体にとって現代及び
将来世代に共通した重要性をもつような、傑出した文化的な意義及び/又は自然的な
価値を意味する。従って、そのような遺産を恒久的に保護することは国際社会全体
にとって最高水準の重要性を有する。委員会は、世界遺産一覧表に資産を登録する
ための基準の定義を行う。」
 

普遍性、というのはグローバルであるという意味ではなく、世界においても重要な
固有性や英知、芸術性といった突出した価値があるということである。



世界遺産の決定には、ルール通りにいかないものが多い。条件を欠けているもの、
あるいは条件を越えた価値が内包されているなど、それが多様性の根源であるので
そのブラックボックスの目利きの働きが重要になる。そのブラックボックスの
価値付け・判断基準を担うのがoutstanding universal value、すなわちOUVの根幹
である。世界遺産化するために、遺産がもつ様々な価値や歴史、影響力を物語化
することに担当者が情熱がどこまで注げるか、その分かれ目は大きい。





ユネスコの文化遺産側と自然遺産側の動きの齟齬


ユネスコの文化遺産と自然遺産の部門は、思った以上に分断されており連携が
図られていない。文化的価値と自然的価値を両方併せ持つ「複合遺産」は世界遺産
900のうちわずか20ほどに留まっている。今後文化遺産と自然遺産の連携は非常に
重要視されており、稲葉先生自身ももっとも関心があるところであるという。


自然遺産と文化遺産の境界領域…….コラボレーション 里山×文化的景観

源泉自然………………人間の存在すら否定。純粋な自然が価値付けられる

文化遺産……………農業景観 自然を背景とした人間の営みに対する価値


2013年日本の環境省から国連大学に里山イニシアチブという研究が推奨された。

震災復興の一つの例として、産業を復興することも重要視されている。

アメリカにおいては「ナショナルヘリテージエリア」政策が活発化している。
広域で市町村が恊働して公社を作り、地域個々に文化遺産×自然遺産の産業を
おこなうものである。アメリカの連邦議会で認識し、ナショナルヘリテージエリア
が選定される。遺産を州レベルで連合した組織が価値付けが行う。

例えば、東海岸の川沿いに林業・製鉄・採炭の一連をベルト化したヘリテージ産業
が勃興している。




計画の重複の中で生まれたユネスコ世界遺産条約
 

そもそもユネスコの世界遺産条約発足当時も、他国の起案する条約に目をむける
ことなく連携不全のまま独走的に構想された。しかし途中で専門家の目によって
発見され、統合された形で世界遺産条約が成立した。


1945年 ユネスコ憲章

ユネスコが世界遺産である図書、芸術作品並びに歴史及び化学の記念物の保存
および保護を確保し、なおかつ、関係者諸国民に対して必要な国際条約を勧告する
こととして発布。後に、世界遺産を制定し基金のサポートが重視された条約の
前身が考案された。



1 ユネスコの議論 
 

1948年 ユネスコ第三回総会での決議(基金設立の議論)→設立できず

1959年 基金設立のかわりに国際政府間機関ICCROMの設立

     →基金ではなく専門家の研究ストックを図る。自国で文化財研究が  

      可能となった。現存しない。これからICCROMは何をするか?

1960―70年 エジプト・ヌビア遺跡救済キャンペーンの成功をもとに文化遺産

      文化遺産救済キャンペーンが続く。

1965年 国際記念物遺跡会議ICOMOS設立

1971年 条約原案を各国に回覧


ほぼ同時期に、アメリカによって同様の審議が行われていた。

当時世界的情勢として、大量消費社会へと向かう中で、環境政策に注目が集まって
いた側面があった。
 


2 アメリカの提案―世界遺産トラスト構想
 

1965年 ホワイトハウス国際協力に関するホワイトハウス会議自然資源委員会    

    での提案
    → 現代の世界遺産(World heritage)という言葉は、ここで生まれた

1971年 ニクソン大統領連邦会意義で行った環境政策に関するスピーチで正式発表
    条約の検討を開始

1972年 イエローストーン国立公園百周年の年(1972年)に実現させる希望

    人間環境会議(スウェーデン・ストックホルム)

第二次世界大戦後、高度経済成長に伴い、日本、アメリカなど各国は環境保全
まちなみ保存といった概念が非常に重要視されることとなる。



→ユネスコですでに進んでいた条約案との類似が問題となった。

→最終的にユネスコが受け皿となって条約をまとめることになった。

1972年4月ユネスコで専門家会議開催。
 

ユネスコ案は、文化遺産保護の寄付金がベースであったがアメリカ案はブランド
としての世界遺産、すななわち国際援助のためのリスティングとしての制度設計
であった。現在の世界遺産はこちらに起因している。




拡大化する世界遺産
 

近年は莫大な数の世界遺産が存在する。国宝級を世界遺産とするクオリティ・
コントロールの歯止めが効かなくなっている。なぜならば押し寄せる世界遺産への
申請の増加と、地域住民レベルでの保護がなされている遺産を世界遺産へ
といった声の高まりがあるからである。
 

【一級?】ギザのスフィンクスとピラミッド 
【大衆性?】イエローストーン国立公園とグリズビー

                     なにをもって、OUVにするのか?



自然遺産のOUV定義
 

1 Best of bestか

2 Representative of the bestか

 自然遺産はBest of bestを選ぶ。なぜなら自然は地球上に膨大に存在するから
である。文化遺産はこの考え方は厳密にはあてはまらない。文化多様性を重視。
 

自然遺産………ユネスコで漏れてしまったものは、ラムサール条約など多々の
       国際的な保護によって守られる可能性がある。

文化遺産………自然遺産のように、国際的に保護する条約が格段に少ない。
       よって文化遺産が様々な遺産を網羅し包括することになる。


グローバル・スタディー(1988年)からグローバル・ストラテジー(1994年)
→拡大路線へと転換している。1990年代~世界遺産リストの見直し作業。




保存・保全・修復・復原・復元・再建etc… 定義の齟齬


世界遺産条約は世界各国共通する規定として機能しているが、各国によってその
定義が異なっている。英語のみにおいても、コンサベーション(広義に保存)、
プリザベーション(凍結保存など狭義な保存手段)とその定義は異なっているが
それらが明確化されてはいない。母国語にすると、さらに各国でのニュアンスの
ブレが出てくる。イタリアではディストレーション
(広義な「保存」という意。レスタウロが語源)


プロテクション   :広義な保護という意味 

コンサベーション  :1 リストレーション[復元に特化したもの] 

           2 プリザベーション[凍結保存] の意味。 
           3 修理(リペア)

リコンストラクション:再建は「復元」。部分的な修理は「復原」




保全と保存


保全→都市計画系の人がアレンジメントを効かせたもの

保存→文化財系は「保存」という言葉を用いる。厳格的なもの。


自然遺産に対して

コンサベーションは人が介在して育てていくもの。人が住んでいる環境など

プリザベーションは厳格な自然保護区



世界遺産の中の「負の遺産」


1978年 世界遺産登録が開始された年、奴隷貿易の拠点となったゴレ島登録

1979年 アウシュヴィッツ強制収容所

1996年 原爆ドーム

1999年 ロベン島 ネルソン・マンデラが収容されていた収容所が存在する島


原爆ドーム:

日本の原爆ドームの時、中国とアメリカの姿勢に抵抗が見られた。

中国は日本の原爆ドーム申請前に抵抗を示し、最終的に審査を棄権した。

アメリカは申請後に抵抗を示した。原爆ドームはあくまで平和の象徴として機能し
戦争の評価に関しての言及はなされていない。





今回も3限というたっぷりとした時間で、世界遺産のあらゆる内実を分かりやすく
沢山の事例や歴史的文脈によって解説いただきました。

「価値とは何なのか」「なにをもって遺産とするのか」という根源的な問いを
絶えず繰り返しながら講義してくださることで、案件や規定として捉えがちな
「世界遺産」をもう一度深く考えるひとときとなりました。
稲葉先生、どうもありがとうございました。
次回の国際文化遺産保護法は、1月23日 10:30~ 大橋キャンパス4号館
411教室で開催予定です。




D3 國盛

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藍蟹堂。感受性は海の底から波濤や世界の波瀾万丈を見上げる蟹そのもの。では蟹とは?

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