九州大学大学院芸術工学研究院公開講座「20世紀デザインの冒険」では、第2回め、世界有数の椅子コレクターである永井敬二先生に特別講師としてご来訪いただき、20世紀デンマークのデザインについてお話しをしていただきました。
デンマーク
ヨーロッパ大陸で、ドイツの北に位置しデンマーク、スウェーデン、ノルウェーで
北欧三国と呼ばれるのが一般的であり、しばしばフィンランド、アイスランドを
加えて北欧5カ国と呼ばれる。20世紀前半までは、「ヨーロッパの屋根」
「ヨーロッパの田舎」などと揶揄されがちである、貧しい国々であった。
しかしデンマークはイギリス、フランスの王家が生まれるずっと以前に王室が成立
しており、古い歴史を持つと同時に、世界で初めて歩行者天国をつくり、ポルノを
解禁するなど、オランダのような自由な政策を施行してきた側面もある。
人口は510万人程度と福岡県の規模と変わらない、ごくごく小さな国である。
過去100年の間に貧困と封建制の強い国から、自由な福祉国家へと変貌を遂げ
男女平等、高齢者をはじめとするさまざまな福祉、教育、そしてデザインに
力を入れている。素材に対する敏感さ、ディテールへのこだわりによって
生み出される美しいデザインは、デザイナー、マイスター(職人)、メーカー、
そしてジャーナリストらの妥協を許さない努力によって育まれてきた。
デンマーク デザインの国 豊かな暮らしを創る人と造形 島崎信 学芸出版社 2003 より
今回登場する、主なデンマークのデザイナー
ハンス・J・ウェグナー(1914−2007)
「世界で最もよく売れた椅子」として有名なYチェアをデザインした。
Yチェアには、木本来の色合いが楽しめるソープ仕上げ(石鹸水を木に塗り込んで
仕上げる方法)と、塗装仕上げがある。Yチェアの大きな特徴として、座る部分が
ペーパーコードという樹脂を浸透させた紙をよった紐で出来ている。
第一次世界大戦中に生産されるようになり、主に収穫した麦などを束ねる等の
用途で使用されていた。
従来の植物をよった縄と比べて、紐の品質が均一である
ことや、座面として十分に強度があることから、1940年代頃から椅子に
用いられたと言われている。
その他、シェルチェア、ザ・チェア、チャイニーズ・チェアなど多数の
デザインを手掛けた。
永井先生はハンス・ウェグナー展を開催されたこともあるとのこと
ポール・ケアホルム(1929−1980)
ウェグナーの事務所やコペンハーゲン工芸学校でデザインを学ぶ。最終的には
コペンハーゲン王立美術アカデミー学長を勤めた。建築家である妻のハンナ・ダム
が建てた自邸のための家具をデザインしたものや、ハンモックチェアが有名。
ミース・ファン・デル・ローエのバルセロナチェアからも強い影響を受けている
と言われている。
ボーエ・モーエンセン(1914−1972)
20歳で家具マイスターの資格を取得し、コペンハーゲン芸術工芸学校、王立芸術
アカデミーでデザインを学ぶ。
品質が高くて、手ごろな値段の家具を一般消費者に
提供することを目的として、生涯庶民の為の家具デザインを心がけた。
永井先生の旧ご自宅から見るコレクション
今回は、永井先生の以前のご自宅のお写真から、永井コレクションの全貌、
ならぬ、ほんの一部(!)をご紹介。一部屋7畳半で、和室もあるお部屋を
カーペットを敷いたり、畳を外したりして積極的に使い込まれていた。
永井先生いわく、当時のサラリーマンは、サラリーで家を土地を買って
家を買うのが豊かさの象徴であったが、それが叶わないので、せめて日々
使うものを豊かにしようと家具を揃えだしたのが始まり。とのこと。
ジョージネルソン(1908—1986 アメリカ)のチェストや、6畳の壁面に
ネルソンの時計など30個以上収集されている。
アンジェロ・マジャロッティ(1921−2012 イタリア)の時計、ハンス・J・
ウェグナー(デンマーク) がデザインしたカストラップチェア
(
デンマークのコペンハーゲン郊外のカストラップ国際空港のためにデザイン
された椅子で、そのような由来から別名エアポートチェアとも呼ばれている)
などがしつらえられた空間が続きます。
P.V.イエンセン・クリント(1853 -1930 デンマーク レ・クリント社製)
のウッドの証明ポール・ケアホルム(1929−1980 デンマーク)No.22の椅子。
永井先生は、藤張りの椅子が欲しくて欲しくて、現地の工場まで行って
藤張りと革張り、キャンバスの椅子を手に入れられたそう。
ウェグナーの椅子、PP701は教室にも持参いただきました。
昔の、雑誌non-noにウェグナー・ダイニングのペンダントもシンプルなもので
掲載されていた。当時、アメリカのノル社が製造していた。ダイニングでも
非常に使い勝手が良い。
ダイニングは、なんとジョージ・ネルソンが手掛けたユニットシステム
Comprehensive Storage System、通称“CSS”!アルミ製の支柱と
木製の棚板や収納ユニットの組み合せで、様々なセッティングや拡張を
可能にした画期的なシステム。1959年に発売され、73年には生産終了となった
ため、現行品で手に入らないものです。
その他、数えきれない程の家具を、スライドを通して見せてくださいました。
家具と日本人
ザ・チェアの座面は、日本人にとっては高い。藤が切れてしまっていたり、
座り心地も楽ではない。北欧の人は身長が高いのに、小さなベッドで寝ている。
海洋民族であったので、船の小ささから由来している。永井先生は、あれこれ
空間をアレンジする中で、古いものを大切に、和洋を合わせてコーディネート
するところに趣を感じているとのこと。和的空間を洋的空間に用いるのが
使いやすく、洋的空間を和的空間には使いにくいそう。
永井先生、椅子を集めようと思ったきっかけは?
自分自身が社会に出るまで、学校や病院、自宅といった具合に椅子の存在は
ごく限られたものであった。
インテリアの会社で最初にした仕事は、銀行に置く椅子の話であった。
当時はオーダーで作るものであり、北欧のデザインを参考にして作られていた。
それを実際に見てみたい、と思うことがきっかけとなった。
ハンス・J・ウェグナーの椅子の特徴は?
自宅で使う椅子の大半はウェグナーのもの。無骨な印象だが、非常にクラフトマン
のぬくもり、包み込むような優しさなどもある。
座り心地がとても良い。ウェグナーの職人、工業製品でありながらもそれを
感じさせないデザインに惚れ込んでいる。
永井先生は、実際ウェグナー氏と何度も対面しており、もっぱら制作工場の中で
会うことが多かった。生活そのものの中で生まれた日本人の椅子の生活は
戦後始まったと言える。もう一度家にある椅子と対峙してみてほしい。
表情の違いなども見えてくるはず。
その他にも、たくさんの写真のご紹介と、実際に様々なプロダクトを
ご持参いただき、とてもおなかがいっぱいになるように、たくさんの
デザインを目にし、触れることができました。受講生一同、あれこれ会話や
質問をしながら実際に触れることが出来、とても好奇心が満たされる思いでした。
永井先生、どうもありがとうございました。
第一回目でお話くださった振り出し箸をご持参いただきました
D3 國盛