
まず、↓の写真はどこを写したでしょうか?震災を受けた土地か、私には古代ローマの遺跡群にも見えますが。

↑は端島、通称、「軍艦島」。

以下は授業より
「人の営みは『文脈』の中に息づく。ある日突然、何かを発見したり、つくり出したりはない。現在、過去、未来は、全て歴史的文脈の中で育まれてきた、恩恵であり、資産であり、資源である。過去から未来へのこのような資源のことを環境遺産とする。」

「大学院の授業では何をしようとしているか。
-【洞察】という行為と、洞察の結果得たものに、【デザイン】の力でかかわろうとしている。デザインの力で課題解決をしていく。文脈の中に息づく持続可能な環境をデザインする。」
「↓はブラウンフィールドをクリエイティブシティに変えた例。フィンランドの町のどこにでもあるが、どうにも厄介者の岩山を掘り込み、最低限の人の手を入れてつくった建築である。世界を代表する建築ではないか。何もできないと思われていた、そのままでは打ち捨てられていた岩山に対し、人が介在し、成功した例であるといえる。」

↓ここは荒れ地だった。森ともいわない、誰も近づかない荒れ地をデザインの力で回復した例。緩やかな起伏を30年近いプロジェクトで再生した。」

↑の2つは、自然は驚異であるが、居心地のいい空間に換えた例。

「↓の荒尾市の万田坑について。今は遺産であるが、かつてはこれはやっかいものだった。30年ほど前までは、ここを更地にして新しいものを建てたいという考えが主流だった。平成12年に文化財になった時、こういったものが文化財になるのかと驚かれた。保存・管理・活用への考え方が時間の経過とともに変わった。

「↓この風景は鎌倉時代からあったと言われる。水を田に持ってくる技術、灌漑技術の発達は室町時代の終わりくらい。戦国武将たちの城を作る技術と灌漑技術発達させた。川から水を分水して、平地に持ってくることができるようになった。以前は、山から湧き出る水を持ってきて引けるところしか田を作らなかった。蛇のような水路をつくり、ゆるゆる水が流れるようにした。山からの水を直接入れたら、冷たすぎて、ひえ枯れする。」
この風景を意義ある資産にしていきたい。農業を営むことによってこの風景は守られるのに、農業が営まれなくなってきている為、これは、廃墟直前の姿ともいえる。人間が介在しない限り、廃墟・荒れ地になる。介在しデザインすることで、守り続ける、営み続けることができるといえる。

↓の写真。上流の森林資源を川で運んでいた。堰ができて以来、森林資源を搬出・受け取っていた町の経済体系がかわってしまった例。

再生は木に竹を接ぐ行為ではない。
再生は文脈を根絶やしにすることではなく、チャンスと捉えることである。

地域再生の例として以下。

授業の最後に、地方の緩やかな崩壊に対して、どのような態度で臨むか、身近な崩壊に対してどう介在するかが、この授業の到達点であるというお話が先生からありました。

九州芸術工科大学を設計した香山壽夫さんは、著書の中で、「人間の共同の価値を表現することこそ、建築が最も力を発揮する」ことであると言っています。フィンランドとヘルシンキの事例はこのことをよく表していると思います。
万田坑の事例は、建物は変わらないのに、これを取り巻く社会的な価値感が変わった例であると言えると思います。30年前は単なる廃墟だったのに、その中に価値を認める人々がいて、社会の方が変わっていった、人々の気持ちの変化が社会の価値観を変えたのではないでしょうか。
棚田の例は、よく農業の分野で問題になる耕作放棄地になってしまうということとして捉えました。高齢化や農業後継者がいないなどの理由で、人の手が入らなければ放棄地として、荒れ地になっていきます。
本日のゼミで、文化のことを話し合ったのですが、私は個人的に、「自然の状態に人の手が入る、自然の中に人間が介在すること」が文化の基本であると思います。しかし、紹介された日本の事例のように、文化の価値観というのに絶対的なものは無く、人の気持ちやその時の経済・社会状況という危うい土台の上になりたっているようです。
そして、人間が作り出した文化ならば、もし、それを人間が廃れさせた場合、再生するのは、やはり人間にしかできない役割であろうと思いました。
岩 井














