
今日は劇場法の制定をめぐる講義が行われました。
なぜ、劇場にはどことなく縁遠い、という人が多いのでしょうか。
インターネットで簡単に鑑賞・閲覧できるから?
金銭的に問題があるから?
先日選挙が行われ、日本は改めて舵を切りました。
劇場をはじめとする文化芸術は、現在不況や社会問題が山積する
日本社会においては 二の次、三の次とされるものなのでしょうか。
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藤原先生:2011年3月11日、忘れがたい関東大震災が起こった。命の保護が最優先と
される中確かに文化芸術は第一に必要とされるものではないかもしれない。
しかしながら各所の劇場、美術館、市民ホールは避難場所として機能した。
また、同じ被災者であるアーティストや関係者が被災者に向けて演奏や上演など
を行った。鑑賞者は涙ながらに見聞きする。このような事例が多々ある。

劇場法、パブリックコメントを募集しています!
文化庁文化部芸術文化課から、2012年12月21日まで「劇場、音楽堂等の事業の
活性化のための取組に関する指針案に関する意見募集の実施について」のパブリック
コメントを受け付けている。 指針の概要ー劇場、音楽堂等の設置者又は運営者が
取り組むべき事項の1つに、 ①質の高い事業の実施 が挙げられる。
これは質の高い芸術を作り出す側はもちろんのこと、質の高い優秀な鑑賞者を育てる
必要性がある。 芸術の鑑賞、私たちはうまくできている?ー 多くの日本人の作品の
作品鑑賞の仕方はうまくいっているだろうか。鑑賞者はまず作品の額縁の外に添えられたタイトルや作品クレジット・キャプションを見るのではないだろうか。
それから額縁の中の作品へ視線を移して、それらを「理解」しようとする。
むしろタイトルやキャプションという情報の追認作業としての「鑑賞」にほかならないのでは?
このような鑑賞法であれば、インターネットなど
二次的な情報に基づいた鑑賞だって問題なく受け入れられてしまうに違いない。
しかし、こうした「鑑賞」行為は、いったい何を目的としているのだろうか?
一方で学校教育の中で与えられる美術や芸術の「学習」や「教育」はどこか歪んだものとなっていて、しばしば苦痛の伴う学習的鑑賞となっている気がしてならない。
アメリカはじめ欧州の美術館は個人コレクションの集積としての展示が多い。
〇〇さんのコレクション、として展示しているのに対し、日本は時系列あるいは
特化したテーマのもと「啓蒙」や「学習」や学習的側面を強調された
ものが多い。 メトロポリタン美術館は莫大な数の作品を収容しており、多様な鑑賞者
の嗜好に合わせた選択可能なルートの提示も多々なされている。
美術館におけるアウトリーチ・ワークショップー
このように美術館・博物館・劇場離れしてしまった市民に対し、改めて文化施設へ誘い込む
ような仕掛けを「アウトリーチ」という形として普及しはじめた。
具体例をあげるなら、国内の美術館においては、世田谷美術館普及課長高橋直裕氏を筆頭とするスーパー学芸員たちが先んじて力を入れ実施してきた。
アウトリーチの語源: もともとはアメリカおいて発祥した福祉の概念である。
寝たきりなど病院にて受診することが出来ない患者を、専門家自らが近づいて行きサポートしだした
ことによる。
高橋さんのプログラムで特徴的だったのは、旧来の美術館愛好家のみならず、なかなか足を向けることも無いような世代、職業、階層といった方々を招き入れて行く工夫を徹底して推進しだしたことだろう。
美術館で疑似マーケットを体験する!?
「本日、君たちは絵の買付屋だ。美術館にある絵をマーケットの対象として売り買いしてみよう」
こうしたロールプレイゲームは、他の人の立場や相手の立場にたって考えたり、世界を見つめ直したりするにはきわめて有効な手法だろう。
子ども達は、はらはらどきどき、不謹慎かもしれないが、絵を売ったり買ったりする疑似体験を通して、その作品への理解を深めてゆくことだってできるかもしれない。
語り部の魅力やガイドツアー形式のワークショップもとてもたいせつなプログラムになっていく。
藤原先生が初めて参加したものはアジア系の学芸員のものであった。
館内にある膨大な作品点数の中でわずか数点だけで物語を生み出し、それらを選びながらもうひとつの作品「鑑賞」を導いて行く手腕。
学芸員の中には滔々と個人的な想いや感想を述べるだけの人もいる。
しかしこれらの作品を巡って行くと、学芸員の鑑識眼がどのようなものかが際立ってきた。
アートは人生になくてはならないものとして語られうる。
ひとつの作品がいったいどれだけ豊かな物語に載せられて語られうるのか。
教養として学びとして強迫観念のように作品から追われる日本人的な鑑賞とは違うものとして印象的であった。
英国 リーズ ウエストヨークシャープレイハウスの例
英国のスコットランド地方にウエストヨークシャープレイハウス劇場が設置された。
設立は、かつて羊毛で繁栄した地域が衰退しかかった1964年のことであり、再生をめざす町の中心には、病院ではなく劇場が建てられた。衰退しつつあるまちの中心に芸術文化の拠点を構築していく。
さらには独特の運営手法が発揮される中、毎週水曜日のイベント「Hey days」は55歳以上対象のワークショップで、日本の公民館活動に類似するものである。
友達が欲しいと来る人、作品を描くワークショップなど高度な内容まで充実、ツアー
リングカンパニーまでできてている。 個人の末端に届くようなプログラム、人材が
あってこそ作品や美術館は財産となる。 劇場法は国策として制定されたのち、どの
ような効力を持つだろうか?
劇場、音楽堂等の事業の活性化のための取組に関する指針の中では、
ーさらに現代社会においては、「新しい広場」として、地域コミュニティの創造と
再生を通じて地 域の発展を支える機能や、国際化が進む中で国際文化交流の円滑化
を図り国際社会の発展に寄与 する「世界への窓」になる役割も期待されており、
劇場、音楽堂等は、国民の生活においていわ ば公共財ともいうべき存在である。また
劇場、音楽堂等で創られ、伝えられてきた実演芸術は、 無形の文化遺産でもあり
これを守り、育てていくとともに、新たに創り続けていくことが求められる。
と述べられ、劇場の公共化を強める方針が高く掲げられている。

質疑応答ー
学生:ワークショップ、アウトリーチなどは対象が児童であたり高齢者で
あったりと大学生など若年層に対するものが少ないと感じる。
藤原先生:劇場法の基本方針におけるミッションは10の事項からなる。
① 運営方針の明確化 ② 質の高い事業の実施 ③ 専門的人材の養成・確保
④ 普及啓発の実施 ⑤ 関係機関との連携・協力 ⑥ 国際交流 ⑦ 調査研究
⑧ 経営の安定化 ⑨ 安全管理 ⑩ 指定管理者制度の運用
このような努力をしなければならなくなってしまったのは、やはり芸術文化や美術といったものから私たちの毎日の暮らしが離れてしまったからではないだろうか。
社会的なポジションや経済力がついたら芸術文化を楽しむようになるのだろうか。
けっしてそうではない。
それらは、私たちが幼少期にどれだけ大人たちに芸術文化の施設や美術館等に連れて行ってもらったかの原体験が重要となってくる。
どことなく敷居が高いような劇場、美術館、博物館に行けたかがキーになってくる。
藤原先生にとっての原体験は熊本市内にあった水族館へ再々行くことだったとのことです。
学生:国内で制定された劇場法は、欧州などに先例があるのですか?
藤原先生:国内における劇場法の仕組みは、文化芸術に対して限られた予算を有効活用するには、といった観点から、世に言う「選択と集中」の考え方が強く反映されていると言えよう。
全国3000近くある劇場を有効に運営するため「芸術を創造する劇場」「良質な演劇を鑑賞するための劇場」「地域に身近な施設としての劇場において、人材を中心に力を入れを図る劇場」
という3つのカテゴリーに分けられていく。
このような仕組みは欧州社会にも見られる。
また地域社会を支えて行く芸術文化施設のミッション(社会的使命)がずいぶんと異なる。
フランスにおいては、パリに集中してしまった人材・芸術家を各地に分散させ、
ボルドー、ナントなど独特の芸術文化創造都市を生み出しており、地方分権化を成功させた。
ドイツには各自の文化圏を持つ地域に分かれている。各地においてそれぞれが自立し運営するような風潮が見られている。
なかなか噛み砕くことが難しい劇場法について、世界各地の事例を引き合いにした
理解しやすい講義をいただきました。
こうして劇場の話を聞いていると、私も早速劇場、博物館、美術館に足を運びたくなりました。
劇場法が制定されることによって、劇場や文化芸術が育ち、また市民にとっても
身近になることを願います。
D3 國盛














