9月28日(金)ー30日(日)にかけて、中国から藤原研究室に集った留学生3人と
荒尾市産業振興課のコラボレーションによって「絆ー孫文・宮崎滔天の絆再生
プロジェクト 荒尾市留学生モニターツアー」が行われました。
孫文の辛亥革命を一家の財を投じて支えた日本人、宮崎滔天の生家は今もなお
荒尾市に存在します。日中の交流の跡を、現代の日本人、中国人の学生が共に
巡ることで日中友好の機会を創出し荒尾市が中国にとっても修学旅行や観光に訪れる
価値ある場所として整えるために、今回のモニターツアーは企画されました。
中国の内モンゴル自治区出身の馬麗ナ(マ レイナ)さん、西安出身の鄧瓊
(トウ ケイ)さん、撫順出身の呉い嬌(ゴ イキョウ)さん達は、九州大学の
助成事業「C&Cプロジェクト」の審査に見事通過し、援助を受けこのプロジェクト
を始動させました。
=2012/09/29付 西日本新聞朝刊=
九州大大学院の中国人留学生ら15人が28日、辛亥革命を支援した自由民権
運動家、宮崎滔天(とうてん)の出身地・熊本県荒尾市で、2泊3日の研究活動を
始めた。テーマは革命を主導した孫文と滔天の交流にちなんだ「中日の絆の再生」。
沖縄県・尖閣諸島をめぐり日中関係が緊張する中、草の根レベルの絆の尊さを
訴えている。
研究活動は、藤原恵洋(けいよう)教授(芸術文化環境論)の研究室で学ぶ
馬麗那さん(32)=中国・内モンゴル自治区出身=らが、孫文を支援した荒尾市に
滔天の生家跡が残る点に着目して発案。日中交流と炭鉱などの産業を絡めた地域
づくりについて研究テーマを設定。大学からの助成金も得て実現させた。
中国人留学生12人と藤原教授らの一行はこの日、世界遺産登録を目指す万田坑を
訪れ、炭鉱マンや採炭資材を運んだ巻き上げ機や立て坑やぐらなどを視察。福岡県
大牟田市の大牟田石炭産業科学館にも足を延ばした。一行は荒尾市の協力を得て、
同市や熊本県長洲町、大牟田市の民家に宿泊、ホスト住民と交流しながら、滔天の
生家跡や地元産業の現場を巡り、論文にまとめる予定という。
馬さんは「中日交流の原点がある町で日本の歴史と文化に触れ、市民と交流
すれば、絆は深まるはずだ。私たちが日本の正しい情報を伝え、本来あるべき
関係を取り戻したい」。
藤原教授は「日中関係が緊張し慎重論も出たが、中国人学生たちのぜひにという
声で予定通り実現した。彼女たちは将来、中国で指導者的立場に立つ人材。今回の
企画が真に日中の絆を見つめ直す機会になればいい」と話した。
=2012/09/30付 西日本新聞朝刊=

「中日の絆の再生」をテーマに、荒尾市で2泊3日の予定で研究活動に取り組んで
いる九州大大学院の中国人留学生ら13人が29日、同市の県指定史跡「宮崎兄弟の
生家」を訪れた。史跡は近代中国の革命家、孫文と交流した地元出身の自由民権
運動家、宮崎滔天(とうてん)の生家跡。この日は日中国交正常化40周年に当たり、
留学生は「今後も80年、120年…と祝い続けられるよう日本と仲良くしたい」
と語った。
出迎えた安田信彦所長(65)は、1911年の辛亥革命を主導した孫文が
日本に亡命中、滔天が自宅に2度受け入れ、支援したことなどを説明。留学生に
「日中交流の重要な舞台が荒尾に残ることを中国で広く伝えてほしい」と訴えた。
生家跡には孫文ゆかりの書やウメの古木、二人が筆談を交わす場面を再現した
ろう人形などが展示されている。留学生らは人形を囲んで記念撮影をしたり、ウメ
古木の由来を安田所長に聞くなどしたりして当時の交流ぶりを取材した。
内モンゴル自治区出身の馬麗那さん(32)は「100年前に日中が支え合った
ことに感動した」とし、荒尾市などが上海市で11月に予定していた日中交流行事の
延期については「交流の方法はいろいろある。別の方法を考えればいい」と語った。
記者はどちらも木村貴之氏の取材によるものです。木村氏は初日から3日間この
ツアーをじっと見守ってくださり、企画者の馬さんはじめ、参加者の留学生にも
積極的に意見を聞き出し企画の価値を見出して下さいました。
本当にどうもありがとうございました。
D3 國盛















