
平成24年度 博多どんたくまつりに参加させていただきました。
昨年につづき2回目の参加。お祭り(に出るの)が大好きな私にとって、非常に貴重な経験となりました。
私が参加したのは「博多川端 好いとったい」という団体です。
この団体は博多川端商店街の店主の方々が組織したどんたく隊で、私が三味線のお稽古に通っている杵屋五司郎先生の教室、博多蓑里会もこの団体の一員となって毎年参加しているのです。
男性は例の通りもんスタイルで、女性は浴衣に揃いのハッピをかぶり、三味線を帯に掛けて拵えます。
この三味線、いろいろな吊り方があるのですが、女性は帯にしゃもじを差して、そこに三味線の絹糸を使って吊っているのです。これで歩きながらでも演奏可能!!
まずは櫛田神社へご参拝。道中無事に済みますよう、祈願します。

博多どんたくは、諸説ありますが、平安時代の末頃からの新年を祝う行事として催された「博多松囃子」がその起源と言われています。
江戸時代、博多の人々は祝賀行事の際に裃(カミシモ)の着用が許されており、福岡城址に参じて年賀のお祝い行事を行ったそうです。
戦後復活した「博多松囃子」「どんたく」は、昭和37年に福岡市民の祭り「博多どんたく港まつり」となって現在の形で執り行われるようになりました。
演舞台・ステージでの演奏や大規模なパレードは、そんな市民の祭りとしていくために取り入れられたのでしょう。巨大なお祭りとなった博多どんたく祭りは、毎年200万人もの観光客が来られているそうです。今年はどうも少なかったようですが・・
さて、そのルーツともいえる年賀のお祝い廻り、というのが我が隊の主軸です。
仕事の関係先・各商店・親戚・友人宅に祝賀表敬訪問していくことを“門付(かどづけ)”と言います。
そしてこの訪問して廻る人々のことを、博多では“通りもん”と呼ぶのだそうです。
商店・邸宅では、軒先に祝い幕を張り、お神酒を用意し“通りもん”を迎えます。
何と我が隊は2日間で、100数十件のお店を廻りました・・こんな数を廻るのはこの隊だけだそうです。
そして、その先々でお神酒と、あわせて昆布やスルメといった縁起物やその店の名物を振る舞っていただくのです。
過酷です。2日間、歩き、演奏し、呑み食いし続けるという状況・・
それでも、参加すると楽しくてしょうがないのだから不思議です。
さてさていよいよ門付へ!ここはお花屋さん!
こちらは石村萬盛堂さん。名物のマシュマロが・・!!
博多座さん。
川端商店街の水上演舞台。方々の演舞台を門付の間にこなしていきます。

おっとこちらはキャナルシティ。この後は川端商店街にお買いものに来てくださいねーなんて宣伝をしながら颯爽と練り歩きます。

仏具屋さん。演奏の最後は「祝うたあ~」で締めます!
「祝うたあ~」というか「酔うた~」か・・間近で聞いても「酔(よ)うた~」と聞こえるんですよ。
別の団体さんも頑張ってます!
お茶屋さん。
家具屋さんでも。
鰻屋さん。ここの名物といえばそりゃあもうね、鰻ですよね!
迎える旦那さんも三味線で!
レストランではこんな振る舞いも・・しばしの休息。
ラーメン屋さん。
こんなところも演奏しながら練り歩きました。パルコさん前。
みんなでバスに乗って・・
新天町商店街にも参上!
このあたりで岩井さんとすれ違っていたそうです。

福神さまも拝見できました。
ご店主・旦那さんのお孫さんも演奏でお祝い!旦那さん嬉しそう。
そして絶品のお昼ご飯。これをずっと楽しみにしてました!!
商店街の未来の女将・旦那たち。合唱隊&鳴物を担当!彼女、彼らの頑張りと笑顔にお客さんも私たちも和みます。

五司郎先生も、素晴らしい三味線の演奏を存分に披露しちゃいます!
おっと!何やら見知った巨大なシルエットが手を振っている、と思ったら、なんと旅人さん!!
高砂から参加されているとのこと。
そしてパレード。

お祭りをするためには、“人手”が欠かせません。
ひとたび祭りがはじまると、皆をまとめるため、普段の雰囲気とは一変した眼光鋭い旦那衆が盛り立てていらっしゃいます。
こちらは隊長の帆足さん。商店街では紳士服屋さんのご主人です。
工程表片手に檄を飛ばすのが「アメリカ屋」の半田さん。
調弦を合せているのは邦楽器屋さん「あこや」の橋本さん。
ご紹介した以外にも、たくさんの旦那さん方、もちろん女将さん方も、このお祭りを支えてくださってます。
お祭りのときは男性も女性もみな一段と格好良くなるのだ!!と、藤原先生がよくおっしゃっていますが、ううーん、同感です。10割!?増しというぐらい、皆さん素敵でした。もちろん普段も素敵ですが!
最後は打ち上げ、なおらいにて、博多祝い唄と博多手一本で締めておしまい!
1年前、平成23年のとき、はじめて博多どんたくに参加させていただきました。
参加後、「博多どんたくに参加した感想は?」と隊長の帆足さんに尋ねられ、その時私は「博多のまちをようやく好きになってきた」と答えました。
それまで福岡に来て1年、何となくまだ福岡に親しめないでいたのですが、商店街の皆さんとお付き合いさせていただいて、そして博多どんたくの門付で一軒一軒のお店と店主を訪問して、博多の気風を感じ取ることができたのがきっかけでした。
それから1年たち、博多のまちと、人々と交流を重ねていくうちに、また少しずつ好きの度合いが上がってきています。
なんか妙に大きくて何かつかみにくいなあと思っていた博多です。それでも中に入ってまちを体感していくことで、ようやくその実体がわかってきたような気がします。
これからもうしばらく、博多にはお世話になりたいと思います。
(修士 北岡慶子)














