昨年の話になりますが、12月6日に公開講座で八幡製鐵所構内見学ならびに関連施設見学に行ってまいりました。
八幡製鐵所
1901年(明治34年)に官営の製鐵所として建設され、東田第一高炉で火入れが行われました。わが国最初の近代的総合製鉄所として生産を開始して以来、近代産業が要求する鉄鋼の需要にこたえ、幾多の苦難を乗り越えて生産の基礎を築きあげ、さらには戦後の荒廃のなかからいち早く立ち上がり、高度経済成長下にあって技術革新による急速な発展を遂げてきました。いずれの時代にあっても、絶えず日本鉄鋼業発展の中核的な存在として、その役割を十分に果たしてきた製鐵所です。
私たちはとても運が良かったらしく、訪問した際、製銑がとても見やすい位置から見ることができました。圧延の部分では異常な熱気の中、真っ赤な鋼が徐々に伸ばされていく様子を見ました。
ちなみに、現在、北九州市戸畑区の約4割が製鐵所の土地だそうです。
大谷会館
1927年(昭和2年)に当時の官営八幡製鐵所の社員クラブとしてオープンした鉄筋コンクリート造、地上2階・地下1階の建物で、周囲に野球場やテニスコート等のスポーツ施設も造られ、八幡製鐵所職員の余暇に活用されました。1989年(平成元年)には、伝統と造形美が評価され「北九州市建築文化賞」を受賞。現在では、アールデコ調のデザインが活かされた、独特の落ち着いた雰囲気が人気を呼び、歓送迎会や忘・新年会などのパーティーだけでなく、結婚披露宴にも利用されています。
ここで、私たちは、昼食をいただきました。日常では味わうことのない雰囲気に少し気おくれしてしまいましたが、食事後には館内を探索し、豪華な食事とともに建物や装飾の美しさを堪能しました。
高見神社
この神社は製鐵所建設予定地にあったため遷移し、日本製鐵発足時に製鐵所の守護神として現在の地に落ち着いた。昭和9年から昭和17年までの9年もの歳月を要して、内務省神社局の角南隆技師を設計監督として設計されました。正統派神社建築でありながらモダニストの建築家が携わった新しい設計の神社でもあります。
昭和に設計した建物の中では、角南氏自身が気に入った建築の一つだそうです。

いのちのたび博物館
北九州市では東田地区文化施設整備構想検討委員会の提言(SHINE構想)に基づき、北九州市歴史博物館、北九州市立考古学博物館、北九州市立自然史博物館を集約した上で、新たに20世紀の北九州市を支えた産業の歴史を加え、新たな博物館を作ることとなり、八幡製鐵所の工場跡地の一角に建築されました。
いのちのたび博物館は、3つの博物館の集約であるため、非常に多彩な展示を行っており、とても興味深い展示ばかりでした。民俗探求館には八幡製鐵所が戦後初めて建てた中原住宅が復元され、1958年(昭和33年)10月20日の一日を再現されて、当時の生活の一部を垣間見ることができました。
今回、八幡製鐵所関連の近代化遺産を巡り、あらためて八幡製鐵所の役割の大きさを実感することができました。
学部4年 畠中

















