きくち養生詩塾。ついに満を持して動き出したココロのまちづくり私塾。久しぶりに同窓会のようなひとときを楽しみましょう。
さてその実態や如何。2009年2月に熊本県菊池市で生まれた現代の私塾。半年間にわたる『くまもとまち育て塾』の塾長をつとめた延藤安弘先生(熊本大学→千葉大学→名城大学→愛知産業大学→まちの縁側つくり隊等を組織しながら全国各地で啓発・指導を聖人君子のように展開、そのためまちづくり弘法大師と呼ばれることも少なくない)による命名。その真義は・・・・。
さてその実態や如何。2009年2月に熊本県菊池市で生まれた現代の私塾。半年間にわたる『くまもとまち育て塾』の塾長をつとめた延藤安弘先生(熊本大学→千葉大学→名城大学→愛知産業大学→まちの縁側つくり隊等を組織しながら全国各地で啓発・指導を聖人君子のように展開、そのためまちづくり弘法大師と呼ばれることも少なくない)による命名。その真義は・・・・。
2009年2月の延藤先生ブログによれば・・・・・・・
2月22日(日)、「くまもとまち育て塾」は菊池市で行われた。午前中6つの住民グループからの半年間の塾活動の成果としての「まちよみがえりプラン」の発表。菊池市は古代・中世からのタカラだらけのまち。18世紀には「集玄亭」「星堂」「銀月亭」「梅月書屋」といった私塾が開かれ学問が広まった。発表に対するコメントの中で、塾長としてこう提案した。
この私塾の伝統を、現代のまちよみがえり楽(学)考究と実践につなぐために「養生詩塾」を設立・運営しては如何…と。「養生」は、いで湯の町の健康と癒しという心身、そして人もまちもともに元気を育むことを意味するキーワードである。
午後、幻燈会のあとパネルディスカッションが行われた。藤原恵洋さん(九州大学教授)は、絶妙にパネリストとフロアの住民発言を引き出しつなぎ、方向感をわかちあう状況づくりとしての名手。西英子さん(熊本県立大学准教授)は、デンマークの経験から子どもも大人も身近なところにまちづくりへの関心を呼び覚ます仕掛け・場づくりの重要性を示された。地元の商工会会長の笠愛一郎氏は横の連携をしっかりととりながら「養生詩塾」の実践的運営をやろうの意見が出された。別府からやってこられた写真家・藤田洋三さんは、今日から私は藤田「養生」と名乗りますと笑わせながら、生命文化を育む視点が、このまちのよみがえりの肝心なキーワードであると指摘された。
まとめの中で小生は「きくち養生詩塾」は、住民のくらしと地域の農業・観光等の産業育みを貫く大切なものの見方は、「生命文化」の営みであるとした。生命文化の営みとは、?土と緑と水を寿ぐ生き方であり、?人と人のつながりの中にまちの生命のありかを見出すことであり、?人々が歴史の魅力を呼吸することであり、?ひとりひとりが身体を動かし、手足を駆使しながら創造することを通しての生命の時間をつくること、である。
「まちよみがえり」とは、これら4つの意味を孕む生命文化の営みを日常生きるふるまいとし、かつ、地域に根ざした諸産業にすることである。
まちの縁側育くみ隊の目指していることも、このような生命文化の回復と再創造にあることを、菊池であらためて実感した。
2月22日(日)、「くまもとまち育て塾」は菊池市で行われた。午前中6つの住民グループからの半年間の塾活動の成果としての「まちよみがえりプラン」の発表。菊池市は古代・中世からのタカラだらけのまち。18世紀には「集玄亭」「星堂」「銀月亭」「梅月書屋」といった私塾が開かれ学問が広まった。発表に対するコメントの中で、塾長としてこう提案した。
この私塾の伝統を、現代のまちよみがえり楽(学)考究と実践につなぐために「養生詩塾」を設立・運営しては如何…と。「養生」は、いで湯の町の健康と癒しという心身、そして人もまちもともに元気を育むことを意味するキーワードである。
午後、幻燈会のあとパネルディスカッションが行われた。藤原恵洋さん(九州大学教授)は、絶妙にパネリストとフロアの住民発言を引き出しつなぎ、方向感をわかちあう状況づくりとしての名手。西英子さん(熊本県立大学准教授)は、デンマークの経験から子どもも大人も身近なところにまちづくりへの関心を呼び覚ます仕掛け・場づくりの重要性を示された。地元の商工会会長の笠愛一郎氏は横の連携をしっかりととりながら「養生詩塾」の実践的運営をやろうの意見が出された。別府からやってこられた写真家・藤田洋三さんは、今日から私は藤田「養生」と名乗りますと笑わせながら、生命文化を育む視点が、このまちのよみがえりの肝心なキーワードであると指摘された。
まとめの中で小生は「きくち養生詩塾」は、住民のくらしと地域の農業・観光等の産業育みを貫く大切なものの見方は、「生命文化」の営みであるとした。生命文化の営みとは、?土と緑と水を寿ぐ生き方であり、?人と人のつながりの中にまちの生命のありかを見出すことであり、?人々が歴史の魅力を呼吸することであり、?ひとりひとりが身体を動かし、手足を駆使しながら創造することを通しての生命の時間をつくること、である。
「まちよみがえり」とは、これら4つの意味を孕む生命文化の営みを日常生きるふるまいとし、かつ、地域に根ざした諸産業にすることである。
まちの縁側育くみ隊の目指していることも、このような生命文化の回復と再創造にあることを、菊池であらためて実感した。














