◆コロナ禍後の世界遺産
新型コロナウイルスの感染拡大は世界遺産へも大きな影響をもたらす。今年6~7月に中国福州で予定された世界遺産委員会が延期され、来年同地での開催が決定された。そこでは2年分の新規登録審査が行われるだろうが、同時に世界遺産でクラスターが発生しないよう入場制限や事前予約制を伴う「新しい日常」の手法や、コロナ終息後の立て直しに世界遺産はどのような貢献ができるかが検討されねばならないと考える。
国内を見れば、過密なオーバーツーリズム(観光公害)に悩んでいた京都や岐阜・白川郷といったインバウンド(訪日外国人客)人気の世界遺産では打撃を被った観光業救済が急がれる半面、環境負荷や観光圧力が軽減された効果を知る必要もある。
11月5日、文部科学大臣より文化審議会へ「我(わ)が国の世界文化遺産の今後の在り方について」が諮問された。同審議会世界文化遺産部会で8年目となる私は、こうした本質的論議を希求してきた。今後、実際の国内登録地の現況と資産の保存と活用を支える地域住民の声を聞きたい。
今、福岡県は文化芸術振興基本計画を審議する中で、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群の来訪者受け入れ策で具体的な増加数値を示そうとしている。地域コミュニティーを醸成し県民の支持を得るためだろうが、コロナ対策も見えない中での保存管理と活用、防災対策や開発行為へのHIA(遺産影響評価)等の課題は山積しており、適切な数値といえるだろうか。
一方、島根県大田市の世界遺産石見銀山では、大久保間歩(まぶ)入坑を味わう一般公開限定ツアーが週末休日に続く。1日4回入坑は以前と同じだが、現在は三密回避のため事前予約は10人のみ。もとより限定された入坑体験の仕組みは世界遺産のOUV(顕著な普遍的価値)への理解を深める半面、来訪客を制限してしまうと賛否を聞くが、コロナ禍をものともせず案内を続けるシニア世代の銀山ガイドの凛々(りり)しい姿が誇らしい。世界遺産へのお迎えはかくあるべし、と賛意を示したい。
あらためて地域住民の誇りや地域愛を育む母体として世界遺産に触れることが望まれる。そうした省察に立った上で今後の持続的な経済効果を生み出すインセンティブ(優先順位)への理解を、コロナ終息後へ向け強く期待したい。
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藤原 惠洋(ふじはら・けいよう) 1955年、熊本県菊池市生まれ。東大大学院修了。専門は建築史学、文化財学。文化審議会世界文化遺産部会委員。著書は「上海~疾走する近代都市」ほか。