藤原惠洋先生が企画し講師を務められる九州大学公開講座では、19世紀以降アジア
の近代化を牽引した上海、横浜、香港、大連、長崎を主なフィールドに
都市遺産の観点から近代都市形成や歴史的成立過程を振り返り、多角的に
検証しています。第3回となる6月21日(火)には、建築史家・元文化庁建造物課
主任調査官の堀勇良先生を特別講師としてお招きし、「〜横浜〜開港場が先導した
日本近代」というテーマで講義をいただきました。
堀先生は、東京大学大学院・生産技術研究所で村松貞次郎に師事し藤森照信先生と
共に初代「建築探偵」を立ち上げ、藤原先生も探偵団の一員として共に全国各地で
近代建築の調査を行ってこられました。1万2000棟にも及ぶ近代建築のリストは
やがて1980年日本建築学会編「日本近代建築総覧— 各地に遺る明治大正昭和の
建物」として刊行されました。博士研究では「日本における鉄筋コンクリート
建築成立過程の構造技術史的研究」で工学博士を取得され、後に横浜開港資料館、
文化庁文化財部参事官(建築物担当)調査部門主任文化財調査官を務められました。
この日の講義は、ペリーの来航によって、幕末明治期に長崎、函館と共に開港
した横浜の急速な近代化の過程を、港湾、灯台、都市建築、水道といった様々な
遺産から見てゆかれるものでした。堀先生は、港に入るまでの灯台システムを
東アジアといった広域な視点から捉えられ、日本が明治初期に構築した灯台
システムもっと評価される必要があると述べられました。国際的な開港所になる
要件、開港と共に必要な国防と海軍施設、そしてドッグや桟橋といった港湾整備等
実に多角的な面から捉えられてゆかれました。
さらに陸地では、教育機関、公使館、病院等、西洋の影響を受けて生まれて
いった近代建築を、様々な建築様式から語られました。一方で、日本に駐在した
外国人が日本の文化に影響を受けた様子も話されました。さらに、不明な点が
依然として多い外国人建築家にも関心を持たれ、トーマス・ウォートルスや
リチャード・ブリジェンスの足跡にも言及され、彼らに影響を受けて始まる
日本の建設業にも触れられました。
堀先生は、これらの調査や研究を踏まえ、横浜が歴史を活かしたまちづくりの
推進に深く携わってこられました。近年は、戦後建築の保存活用も吃緊の課題で
あると述べられ、より横浜の都市形成過程が重層的に評価されていくのだろう
と感じました。
北海道美唄市出身の岩井さんによる博多手一本で締め!
講義終了後は近くの角打ち・赤木酒店へ。この日は25人以上集まり大盛況と
なりました。堀先生への質問や感想、議論はとても盛り上がり、有意義な
ひとときとなりました。どうもありがとうございました。
次回の公開講座は、7月5日(火)19:00〜21:00 九州大学大橋キャンパス
5号館531教室にて、「〜中国・香港〜イギリス植民都市の東アジア橋頭堡」
をテーマに、藤原惠洋先生の講義が行われます。
國 盛