建築史家でまちづくりオルガナイザーこと、藤原惠洋(ふじはらけいよう)教授の活動と、通称ふ印ラボ(ここで「ふ」の文字は意味深長なのでちょっと解説を。ひらがなの「ふ」は「不」の草体。カタカナの「フ」は「不」の初画を指しています。そのまま解釈すれば「つたない」かもしれませぬ。しかし一歩踏み込んで「不二」とも捉え「二つとないもの」を目指そう、と呼びかけています。ゆえに理想に向けて邁進する意識や志を表わすマークなのです。泰然・悠然・自然・真摯・真面目・愚直を生きる九州大学大学院芸術工学研究院芸術文化環境論藤原惠洋研究室というわけ、です!)の活動の様子をブログを介して多くの同人・お仲間・みなさまにお伝えしています。 コミュニケーションや対話のきっかけとなるようなコメントもお待ちしております!
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 1月3日は筥崎宮の「玉取祭=玉せせり」です。筥崎宮は文化財だし、福岡にいるのであれば、是非とも見たいお祭です。―ので見てきました。

            日時:2016年1月3日(日)13:00~14:30くらいまで
            場所:玉取恵比寿神社~筥崎宮境内
            内容:絵馬殿前にて玉洗式開始。終了後東側に約250m離れた
                末社玉取恵比寿神社へ移動、祭典終了後に玉せせりが開始。
                玉は本宮まで競られ本殿に納まり終了。
             玉 :陽玉 直径28㎝ 重さ8㎏
                陰玉 直径30㎝ 重さ11㎏
            参加者: 筥崎宮の氏子250~300名(子供を含む)
             最高気温:15度
            
 玉取祭は別名「玉せせり」といい、今から約500年前の室町時代に始まったとされています。
 「午後1時の玉洗い式で祓い清められた陰陽2つの木玉は、東側に約250m離れた場所にある末社玉取恵比須神社に運ばれる。ここで祭典の後、陽の玉は裸に締め込み姿の競り子達に手渡され祭典開始となる。この玉に触れると悪事災難を逃れ幸運を授かるといわれており、競り子達は勢い水を浴びながら陽の玉をめぐり激しい争奪戦を繰り広げながら、本宮に向かって競り進みます。やがて楼門に待つ神職の手に渡され、陰陽2つの玉が再び揃って神前に納まり、めでたく神事はとり収めとなります。陸側と浜側に分かれた玉の争奪戦は、一年の吉凶を占う年占いの意味合いもあり、陸側が玉をあげれば豊作、浜側があげれば豊漁と云われている。」以上「筥崎宮HP」より

 私が筥崎宮に着いたのは13:45くらいでしたが、まだ玉せせりはここまで辿りついていません。
 
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 この時も境内は非常に混んでいるうえに、脚立にのって写真をとる人もいて、私が手を伸ばしてもカメラのフレームに玉せせりの様子が写るかどうかハラハラでした。前が見えないのです。
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 境内の案内アナウンスによると、子どもたちによる玉移動の途中ということです。
でも徐々に近づいてきているようです。オイサオイサの声が聞こえてきました。
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 この後、どうやら、陽玉を奉納したようです。来た道を戻ります。博多祇園山笠で歌う「祝いめでた」が聞こえました。
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 規制が解除されました。
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  大内義隆も小早川隆景も高校の日本史の教科書で見たことはありますが、あくまで教科書の話と思っていて名前を暗記はしましたが、実感などありませんでした。
 しかし、筥崎宮を建立したのは大内義隆と小早川隆景なのですね。本当の建物を見るとよくわかります。
  
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 九州は祭文化があっていいですね。500年前から続くというのに人々の意志の力を見た気がしました。
 
 以外に早く終わったので、福岡市美術館のモネ展にも行ってみました。
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 博多から地下鉄に乗って、大濠公園の美術館へ向かいます。
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  入ってみると、1月3日(日)は混んでいました。みなさん お正月は家でゆっくりではなく、美術館にも来るのだなと思いました。
  モネと言えば、印象派の代表のような位置づけだと思います。私は中学校でも印象派の絵だけは習いました。水連がモネの代表作だと思いますが、今までにも福岡以外のどこかで見たことがあります。
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     おかしの「カールおじさん」のようになっていたモネ。↑
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 モネは1840年~1926年の人です。モネはじめ印象派と呼ばれる画家は、室内ではなく、戸外に出て、見たものを描くということをしました。画材道具が携帯できるようになったかと思います。また、当時はサロンが展覧会の全てでここに採用されない画家が起こした新しい運動でもあります。
 今回のモネ展をみて、モネがカリカチュア(風刺や滑稽の漫画)から出発したのだということがわかりました。学校で鉛筆によるカリカチュアから絵具による絵をかくよう勧めたのが、ウジェーヌブーダンという画家。モネはカリカチュアが売れて得たお金で油絵を描くための道具を買います。そこからモネの画家としての人生が始まります。
 その後、モネは戸外の絵を描きだし、それを評価し買い支えたのが、医者のジョルジュ・ド・ベリオでした。モネの最も有名な絵・《印象、日の出》はベリオコレクションとのことです。この他、《ヨーロッパ橋、サン=ラザール駅》、《雪の効果、日没》の3点がベリオコレクションです。
 今回の展覧会では、このジョルジュ・ド・ベリオという医者の存在を知りました。この人がいたから、モネは絵が描けたのだと思います。

 モネは2回結婚していてはじめの奥さんは若くして亡くなります。2人の息子の内、長男は46歳で亡くなり、二男でモネの絵を持っていたミシェルがマルモッタン美術館にモネの絵を寄贈しました。(2番目の奥さんとの間には4人の子どもがいました。)

 晩年のモネは白内障に苦しんだようです。眼鏡も展示されていたのですが、これでは、風景やものの本来の色がみえなかったのではないかと思えました。晩年の絵は赤が多くなり、意図して抽象画を描いたというより、医学的に見えなかったからこうなったのではないかという表現でした。表現対象というより画面がちょっと汚いようにも見えました。
 
 ↓は、私が買った絵葉書です。写真の左上は「ヨーロッパ橋、サン=ラザール駅」1877年。下の「睡蓮」は1903年、右の「印象日の出」は1872年。
  「印象日の出」と「睡蓮」は、テレビや画集等でよく見かけるものですが、今回私は特に「ヨーロッパ橋、サン=ラザール駅」を見ました。これは現在でもある1837年に開業したパリで一番古いターミナルということですが、当時は近代化の象徴だったと思います。しかし風景全体が水蒸気と朝もや?に満ちていて、仕事の慌ただしさや機関車の硬い感じは背後になっているようで、どこか、ゆったりしているようにも見えます。
 そして、有名な「睡蓮」を描いたのが63歳の時で、描く対象も描き方も大きく変化したように思います。若い時と60代の絵、最晩年の絵を比較すると、ジベルニーの庭を対象にして描いた絵は、段々、色々なものが融合してしまっているように見えました。
 一人の画家の10代から80代までの絵の変化を比較しながら見ることができて良かったと思います。
 
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 ※「印象・日の出」は2月4日から21日の展示で、1月中は見ることができません。

 筥崎宮の玉せせりも、モネの絵画も文化という大きな概念にくるまれます。
一方は伝統的・動的・集団的・大漁豊作を祈念する原始的なもので、もう一方は近代的・静的・個人的・自我をあらわすかと思いますが、どちらも必要で、この2つが同時に体験できるのも福岡という歴史を持った都市だからこそなのだと思いました。

                                          岩 井
 


 





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