建築史家でまちづくりオルガナイザーこと、藤原惠洋(ふじはらけいよう)教授の活動と、通称ふ印ラボ(ここで「ふ」の文字は意味深長なのでちょっと解説を。ひらがなの「ふ」は「不」の草体。カタカナの「フ」は「不」の初画を指しています。そのまま解釈すれば「つたない」かもしれませぬ。しかし一歩踏み込んで「不二」とも捉え「二つとないもの」を目指そう、と呼びかけています。ゆえに理想に向けて邁進する意識や志を表わすマークなのです。泰然・悠然・自然・真摯・真面目・愚直を生きる九州大学大学院芸術工学研究院芸術文化環境論藤原惠洋研究室というわけ、です!)の活動の様子をブログを介して多くの同人・お仲間・みなさまにお伝えしています。 コミュニケーションや対話のきっかけとなるようなコメントもお待ちしております!
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2015年12月19日(土)〜20日(日)の1泊2日で「2015年度後期芸術文化企画演習<玉椿旅館魅力再生プロジェクト>」が行われました。
 ここに至るまで学生は事前学習を4回してきており、参加学生は意気込みを持って臨みました。
 学部生の参加は12名、大学院生など6名、この他、九大から参加の社会人は4名、非常勤の千代田健一先生、そして、藤原先生です。
 
 参加者は以下です。(敬称略)
<社会人>藤原恵洋(先生)、千代田健一(非常勤講師)、森田健太郎(建築家)、高倉貴子(まちづくり専門家)、鈴木秀文(建築士)、津高守(JR九州取締役)、ジムクマ(九大研究員)、市原猛志(九大助教)、岡崎新太郎(元梅光学園大学教授・牧師)、藤井優子(玉椿旅館4代目、この企画の世話役)、藤井優子さんのご家族、玉椿旅館にかかわっているスタッフのみなさん。
 <学生>張榮(授業TA)、馬麗娜、何勤、岩井千華、らんぎょうせい、陳しよう、裴妙思、汪げんせい、尾辻星、香月クリストフ光、岸田裕真、向野聖生、野海潤、本田芳美、、松岡成美、山内一生、三村乃那。

 他、この学外演習に携わってご支援下さったみなさま どうもありがとうございました。
 みなさまのご支援ご協力、心から感謝しております!!

 <スケジュール>

・1日目:12月19日(土)

 

 8:30  大橋キャンパス集合

 8:40  大橋キャンパス出発     

11:00  下関市豊浦 安養寺 厚母大仏見学

12:00  川棚温泉到着 高瀬新館で昼食(瓦そば)
12:30   岡崎新太郎先生と合流
13:30  角島大橋見学 豊北の滝部地区へ移動
14:30  太翔館(下関市立豊北歴史民俗資料館)
15:00 滝部の下町まちあるき(恒富さん、岡崎先生ご案内)
16:30  川棚温泉へ
17:00  玉椿旅館到着後、館内見学
19:00〜 お世話になる方、お世話になった方、社会人参加者ご紹介、夕食、お風呂

 
・2日目:12月20日(日)
 7:00    朝食
 8:00     川棚温泉エリアをトランセクトウォーク
 9:30   テーマごとに班分け、自主活動、成果物作成
 13:30 昼食と発表準備
 15:00 川棚温泉地域住民参画による成果発表及び意見交換
 16:30 現地出発。大橋キャンパスへ。
 19:00 大橋キャンパス到着。解散。
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 ↓本学環境設計卒業のOBで、現在は内田洋行パワープレイスのインフィルデザイナー千代田健一氏が今回の非常勤講師です。手前は壱岐の建築家・森田健太郎氏。今回参加の社会人の方は建築やデザイナー、まちづくり等専門家の方ばかりです。
 バスの中では恒例の自己紹介、得意技、最近感激したことなど、寝る間もなくどんどん発表。
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 1)安養寺
 福岡から約2時間半移動して下関市の安養寺に着きました。
 以下に豊浦町観光協会HPから「安養寺」のご紹介です。
 「光明皇后の発願によって創建された長門の国分尼寺。その奥の院であった安養寺にまつられる大仏は旧国宝の阿弥陀如来(現・国指定重要文化財)です。八尺八寸八分(2.96m)の丈六仏(じょうろくぶつ)は、楠を材料にした寄木造り。全身が黒いことから「黒仏」とも呼ばれています。平成15年に遷座した大仏殿は、世界的に注目される建築家の隈研吾氏の設計によるもの。外壁には、地元の土を固めた約千五百個のブロックを積み上げるという日本初の工法が採用されています。」

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 吉川(きっかわ)文英御住職・90才からのお話がありました。
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 参加者は文化財である仏像に触らせていただき、感激していました。
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 2)川棚温泉付近の「たかせ」新館で、瓦そばを食べました。
 瓦そば「たかせ」のHPによると、瓦そばとは「明治十年、西南の役において熊本城を囲む薩軍の兵士たちは、長い野戦の合間に瓦を用いて野草、肉などを焼いて食べたという古老の話にヒントを得て、弊店創立者、高瀬慎一が数十年を経過した日本瓦を用い、弊店独自の製法にて開発いたしました。雅味豊かな茶そばに、牛肉、錦糸卵、海苔、もみじおろし、レモンなどを配し、これも又、弊店独自のつゆを添えて「瓦そば」と名付け供したるところ、大方の絶賛を得て広く各地よりご来店賜るところとなりました。」

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私も瓦そばを食べるのは初めてで期待しましたが、やはり美味しかったです!
みんな喜んでの昼食となりました。

 12:30頃、下関市在住で、これから向かう滝部を案内してくれる梅光学園大学で元教授をしていた岡崎新太郎先生が来て、滝部について説明をしてくれました。
 滝部のある豊北町は人口9,719人、梨、ウニ、イカが名物で、角島大橋と豊北みちの駅は観光スポット。
歴史
 渡来弥生人がいた土井ヶ浜遺跡がある。
 角島灯台は明治9年にプラントンによって作られた日本海にのぞむ初の洋式灯台。
 北前船がよく来ていた。田上菊舎は全国的な俳人である。基金を鎮める腰輪踊りがある。
滝部
 大内氏家臣団の領地だった。
 滝部奉公市があった。(1683年から)
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 3)角島大橋を見ました。海の中を走っているようで快適でした。
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 4)その後、太翔館(下関市立豊北歴史民俗資料館)に行きました。

下関市豊北町について言いますと、下関市豊北町は、西は響灘、北は日本海に面した本州最西端に位置する漁業と農業の町です。この町に大正13年(1924)に建造された旧滝部小学校は、鳳凰が両翼を広げたような美しいたたずまいの建造物で滝部村出身の中山太一(元貴族院議員)・豊三・喜助三兄弟の寄付により完成されました。ルネサンス様式の石造建築を木造建築に取り入れた構造で、大正期の代表的な学校建築として昭和54年(1979)に県の有形文化財に指定され、豊北町歴史民俗資料館として活用されて来ました。1階は豊北の地域案内や建物の由来、旧滝部小時代の教室が再現された部屋などがあり、2階は講堂で特別展や企画展が行われています。2階部分全体が講堂となっていまして平成19年度から23年度の保存修理工事を経て、大正時代創建当時の姿に復原しました。昭和45年を基準としてその前は小学校でしたが、その以降資料館として使われています。
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 ↓は、吉留徹館長。
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 2階。
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 5)この写真の後は、いよいよ滝部下市のまちあるきです。恒富英雄さんがガイドをして下さいました。

 次は滝部の町歩きをしました。ルートは太翔館(下関市立豊北歴史民俗資料館)から滝部駅までです。滝部には昭和30年頃は、かぶっていた帽子を落としたら拾うことができないほどたくさんの人が住んでいて、店舗も時計屋、おもちゃ屋、うどん屋等のさまざまな店舗が100店舗以上ありました。
 しかし新しい交通手段である電車や車などができると、皆滝部から出てしまい、これらの店舗は現在は住居のみになっていたり、空き店舗もかなりある状態でした。現在は34の店舗が残っています。34つの中で14の店舗は昔からあった店舗で20は新しくできた店舗でした。町を歩く時に新素材で新しくできた家、店舗も見ることができました。
 しかしその中に存在している、今は店舗を閉めてしまっているけれども、昔からあったと思われるいくつかの店舗は、私にはなぜかとても懐かしく感じられました。新しいお店はよいかと思いますが、福岡市のような都市部ではなかなか見られない店舗や町並みは、不思議な懐かしさと興味深さを与えてくれました。滝部で昔の店舗や看板を見て、若者の私は、このような町並みは、ある意味良いと思えました。
 
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 岡崎先生たち「北高夢ロード委員会」が本を置かせてもらっている笹尾商店です。
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 ↓は滝部駅です。
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 6)こうして、様々な活動をした後、やっと、目的地の花椿旅館に到着しました。

いよいよ玉椿旅館につきました!国登録有形文化財というのがどんな価値があるのか、どんな物語が隠れているのか本当に知りたくて玉椿旅館に着くことをとても期待していました。旅館についてすぐ、館内の見学を始めました。
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 旅館につくと、JR九州の津高守さんが先に来ていて私たちの団体をお出迎えして下さいました。

 さて、この学外演習・玉椿旅館企画で最も支援してくれた藤井優子さんです。いつもは福岡でライターをしているのですが、この日は仲居さん姿でした。この日は、お母さんである3代目もお顔を見せて下さいました。

 玉椿旅館は大正12年、大阪相撲の十両力士だった山口県出身の玉椿関が引退後、ふるさと川棚の相撲文化への貢献と地域観光の活性化のために創業しました。創業当初は相撲巡業の常宿でした。新横綱が誕生するとその名の客間をつくり、最初の客として横綱本人を招いてそんな増築の繰り返しが迷路のような間取りをつくりました。この館は、大正12年創業して今年で、92歳、8年後には創業100年を迎えます。2012年には、国登録有形文化財に登録されました。
 
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 やっと折り上げ格天井を見ることができました。
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 藤原先生とも合流できいました。
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 事前学習の時資料として読んだのも役に立ちましたが、やはり実際に旅館を見ながら先生から説明を聞いた時には何倍もの情報を得ることができました。資料で見ることより実際に見ながら学習をすることで、理解しやすかったし玉椿旅館にはたくさんの物語が隠れているのも知りました。
 旅館の部屋の中にあった「長押(なげし)」というのは、それが部屋の中に設置されているとお客さまをもてなすために作られた部屋であることを意味する、玉椿旅館の大広間にあった 「床の間」は日本の建築では象徴的なものですが、太田博太郎著『床の間~日本住宅の象徴』によりますと、「床の間などが宿泊で許されたというのは、床の間・違い棚・付け書院が物を飾る為に必要なのではなく、それが端的に部屋の格式を示すものであったからだろう。床の間のある部屋は立派な部屋で、ないのは次の間など一段,格の低い部屋とはっきりした格差が生じていたのである。床の間はその本来の機能から離れて格式的なものへと進んでいった。」ということがよくわかる広間の床の間と折り上げ格天井でした。
  
 更に日本の部屋には畳部屋があり、基本的に本間とか京間などですが、玉椿旅館の畳は関間という畳でサイズが既存の畳より大きいサイズでなっていました。旅館の内には横綱の写真も展示されており、昔の様子も知ることができました。昔の物や雰囲気が100年近く保存されて来ていることに本当に感動しました。100年前の建物に私が入って昔の様子を想像しながら物語を考えて行くのは本当に楽しいことです。

 先生の説明を聞いていると、日本の客室(客間)には意味の無いものは何もないということがよくわかりました。

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 待ちに待った夕食では、猪肉を使った「牡丹鍋」を食べることができました。お肉も出汁も本当に美味しかったです。美味しいものも食べながらも、たくさんの社会人の方々と交流もすることができました。宴会をしながら感じたのがありますが、最近は個人主義が強くて人と人が交流することが若者には難しいのかもしれません。
 しかし人間というのは一人では生きて行くことができないし、それで人と人が会って交流するのはとても重要なことだと思います。自分の考えを中心することではなく意見を交換したり、アドバイスをもらって受けたり、それによって考えられなかった出会いができたり、考えられなかったチャンスが来るかも知れません。このような機会でたくさんの方を会って私から先に声をかけて知り合いになって行くのがとても重要であることをもう一度感じることができました。
 夕食の会は、本当に、学部生など若い私たちと社会人のみなさんの絶好の交流の場になりました。
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 非常勤講師の千代田さんから、自己紹介と今までどのような仕事を内田洋行とパワープレイス、日本全国杉だらけクラブでしてきたかの説明がありました。
 
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 2日目 朝ごはんのお米がとてもおいしかったです。後で聞いてみると「絹娘」という銘柄だそうです。
 7:00に朝食、8:00には川棚温泉エリア内をトランセクトウオークです。玉椿旅館を出発して、川棚の杜(交流センター)、コルトーホール、妙青寺、松尾神社等全体的に見て、川棚温泉エリアの様子を知りました。
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 桜が咲いていました
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松尾神社。

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その後、玉椿旅館付近を歩きました。

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 トランセクトウオークから帰ってきて、班分けをして、その後班別の活動です。それぞれが話し合ったり、必要な場所へでかけたりします。
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 藤井優子さんのおばあさまの節子さん。私たちの食事を作って下さっている、この玉椿旅館の2代目です。
食事はどれも本当に美味しいです。ーやっとお顔を拝見することができました。節子さんは昔の写真をみせてくれました。
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 作業をしたり、更に調べたり、発表までそれぞれががんばります。
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そして昼食。
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 JR九州の取締役の一人である津高守さんは、昨日食べることができなかった瓦そばを食べました。
1人で食べるにはちょっと多い感じです。
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 ここで川棚の杜・コルトホールについて

 「川棚の杜・コルトーホール」は隈研吾さんが、川棚のなだらかな山や島に溶けこむように設計したオーガニックな建物です。コンサート等多彩な交流イベントや観光情報を発信しています。館内にはコルトーホールや烏山民俗資料館、カフェ、観光案内カウンターもあります。「川棚の杜・コルトーホール」は住民自から設立した「川棚温泉町づくり株式会社」が運営しています。なぜコルトーホールで呼ばれているかについて言いますと、「アルフレッド・コルトー」は1952年、川棚を訪れた世界的なフランス人ピアニストで、彼は厚島の美しい風景に魅せられ、この地への移住を望みました。「私の思いはひとりあの島に残るだろう」と語った彼ですが、移住はついに叶わずフランスで他界。コルトーが愛した厚島はいま、彼の名前にちなんで「孤留島(こるとう)」とも呼ばれています。そのコルトーからきた名前で、その名に因んだ音楽祭をしています。

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 ここで各班の班分けの様子と活動の様子、そして、その後の成果発表を載せます。
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私たちが来た理由である「玉椿旅館魅力再生プロジェクト」でまずグループ分けをしたあと、グループ別に活動をしました。全部で4つのグループです。
A.宿泊増を考える班(オリジナル商品等)
→ プラン、利用方法、予約の仕様、など宿泊のコンテンツを考える班

B.宿泊以外活用を考える班
→ スペースレンタル、やそのほかの新しい可能性を探り、コンテンツを考える班 

C.自由テーマ(千代田健一さん)
→ 自由班で

D.スマートデザインアソシエーション
→ 読み物や、周辺紹介など、メディアの役割も果たせそうなコンテンツを考える班

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 これは!
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 玉椿旅館の決まりごとでもある、「力士の手形」に因んで、昔、相撲で熊本県2位(1位は柔道金メダリストで国民栄誉賞も受賞された山下泰弘さん)だったという藤原先生に手形を押していただきました。
 これに参加者で寄せ書きをしました。
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それぞれテーマ別でアイディアを出して、1日目から2日目の朝まで見学したのをもとに感じられたことを考えながらどんなことがこれから玉椿旅館でできるのかについて成果物を作成しました。

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発表した内容は次のようになります。

・A:宿泊を増える班
1)椿フルコースを作ろう!
朝・夕付き>天ぷら、カルパッチョ、デザート(椿ジャム)
2)座敷童子に会える旅館!?
座敷童子でプレミア感を演出、座敷童子に会えるかもしれない、実際に会ったという情報発信も(TWITTERより)、
キャラクター戦略(つばきちゃん)

・B:宿泊以外の「玉椿旅館」の活用
1)空間:旅館、舞台、大広間、どこの間を結婚式の撮影空間として使おう、ギャラリー、アートプロジェクト等にも。
2)営み:忘年会、カラオケ、結婚式のことを>留学生旅行、外国人のための旅行会社を作って活用すること。
3)おもてなし:すもう、美味しい料理>手形づくり、四股名のプレゼント等。

・C:自由テーマ 
日本の本物とは何なのか?(日本の本物を感じられる、見れる場所川棚温泉)
問題意識:町を歩いて行った時に町の中で見えて来た偽物。
例)プラスチックになっている見た目だけの竹、本物の木を使ったドーアではなく木の模様シーリで作られたドーア等。
偽物を本物に変えて行こう。>瓦を利用して距離を作って行くこと、瓦に画を書いたりうる観光客のためのイベント、古くなった空き家をなくして行くことではなく建物を利用してカフェを作って地元の人たちと観光客との交流場所として作用するように、さらに川棚温泉を歩く時休める場所として使おうということ。

・D: スマートデザインアソシエーション
川棚を有名にしたい!>話題づくりとしてのイベント企画・団体向けツアー企画
・イベント:写真コンテスト、相撲大会、瓦そば食べ比べ、CMコンテスト(学生に作ってもらう、コンテストの優秀作品は駅で上映)、玉つばき旅館展示会、すぎだらクラブ
・ツアー:町内会向けツアー(下関観光バスツアー)、部活動合宿(写真部、オーケストラ(練習ホール:コルトーホール))、建築ツアー(安養寺、コルトーホール、滝部など)、ファンクラブツアー(旅館大広間での宴会など)
>チラシ、パンフレットの配布(大学等に送付)、旅行会社とのタイアップの方法で行う。

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今度1泊2日間のフィールドワークは本当に有益な時間でした。一番感じたのが歴史がある物を守っていくことがとても重要だということです。前の私は何でも新しいものが良い、時間が少し過ぎてもすぐ古く見えて来てまた新しいものがほしくなりましたが、今度フィールドワークを通して玉椿旅館内を見学しながら本当に感動して、古くなったものをなくして新しいものを作ることではなく、守って行きながら次世代に残し、つなげていくのが、とても重要だということを理解しました。
 さらに歴史があるものを再生するため様々な分野での方々が来てくださって才能を合わせると、それが一人の時にはできなかった大きな力になり、町づくりを実際に動かしていく際にはても重要であることもわかりました。
 今後もこのような多彩な力と私たちのような若い力を合わせて物事に取り組んでいくという発想で物事に取り組んでいきたいと思います。

                                             (M1張 榮)



 


     

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