↑藤野先生(神戸大学)の中国語への通訳をする藤原研究室の馬麗娜さん。
11月15日 午前:藤野先生を含む7人の先生たちによる発表。
分科会形式でそれぞれの部屋で学生及び博士号取得者による発表
(1人10分程度)
馬麗娜さんと藤原旅人さん、神戸大学の三宅君が同じ分科会、
岩井と神戸大学の吉田さんが同じ分科会でそれぞれ発表しました。
午後は、日本からの参加者はそれぞれの視察の場所へ。
藤野先生・鬼木氏・馬麗娜・藤原旅人・岩井千華組は
創意園区・1933・外灘を見てきました。
休憩の後、学生発表のため、それぞれがスタンバイに行きました。
マイクを持って話しているのが手前が神戸大学の吉田さん。
ドイツの劇場の現況とこれからについて発表しました。
次は私です。昨日、大お食事会の後、発表する内容が日本語だったので大急ぎで英語に変えました。
「できるだけ通訳の学生さんを介さずいこう。」と決めたからです。完璧な英語ではありませんが、
私の言葉として、中国のみなさんの前で話したかったのです。(写真は吉田さんがとってくれました。)
内容は、指定管理者が行う図書館運営についての日本の現状です。企業が行う指定管理、NPOが行う指定管理、指定管理者によっても運営の仕方に差がでることや、市役所職員等が行う直営、どのように違うのかや事例の写真など、短い時間ですがお話をさせていただきました。
発表の後は、他の分科会のみなさまと合流しまし昼食。
午後は小グループ行動。馬さんに創意園区と1933という昔の屠殺場を活用した建物に連れて行ってもらいました。小グループは藤野先生、鬼木さん 馬さん 旅人さん 私。
1)創意園区です。この日はちょうど催しが行われていました。
↓運転席の映像がずっと動いていました。
2)1933です。↓ここはイギリス人のBalfoursによって1933年に牛の slaughterhouseとして設計されたもので、以前は屠殺場でしたが、現在はスタバやジム、レストラン、葉巻ショップ、デザイン事務所などが入っていました。この1933は建物についていたプレートによると”the universe is round and the earth is square"(風水の 天円地方)という考え方をあらわしたものだとのことです。外観は四角くて、中は丸かったですね。むき出しのままのコンクリートの迫力に圧倒されました。
牛が歩いた道。
↓円型の建物に牛がいたといいます。
↓は円型建物の中。
藤原先生が著書『上海~疾走する近代都市』で以下のように記述した外灘を見てきましたが、とにかく人が多く、びっくりしました。
「外灘(バンド)は、元来『築堤』を指す言葉であったが、一方で、イギリスによって築かれた港湾居留地特有のウォーターフロント空間をいうようになった。」
ということでそのプロムナードを歩くと、先生がこの本を書いた時には無かったものがまず目に入ってきます。現在では、この建物群というか、摩天楼が観光の目玉なのかもしれません。下の写真は、プロムナードから浦東陸家嘴金融貿易区を見た時のものです。ここは1990年に国家プロジェクトが始まったことにより現在の姿になったようです。観光客の多くはこの摩天楼群をバックに写真をとっていました。
一方、プロムナードの反対側をみると、租界時代のヨーロッパ建築様式の建物のファサードの美しいシークエンス。このシークエンスは昔は「偽りの正面」と言われていたそうです。個人的には上海浦東発展銀行(旧香港上海銀行)の「ネオ・グレコと呼ばれたファサード」が好きです。
租界時代のウオーターフロントも、浦東陸家嘴金融貿易区もここを海外発展への拠点にしていこうという考え方は共通しているのかと思います。ただ、建物を建てた年代と建設の主体者たちが変わると、このような非常にわかりやすい対比になるということなのだろうと思いました。
あちこち歩いて
食事後、道を歩いていると、本屋さんがあったり、飲食店に小説など固い本が置いてあるのを発見。
みなさん 興味深くみていらっしゃいました。
飲食店の後方の棚に書棚が!タダで読めます。日本ならラーメン屋さんに新聞・雑誌・週刊誌・マンガ本が置いてあるのを見ますが、飲食店で上記以外の図書を見かけました。
マクドナルドは中国ではこう書くのですね。
11月15日は、上海大学で発表をした後、上海の観光地を見ることができました。
発表の方では、中国の方から質問がでましたので、図書館に対しては共通の考え方があるのかとおもいました。
上海の観光地を巡ってみて、印象に残っているのは、1933の建物自体と外灘の建物のファサードです。建物自体の力強さ、迫力を感じることができました。
ただ、空気が良くないように思えました。日本もそうですが、上海が環境問題にどれだけ対応できるか、見続ける必要があると思います。
岩 井