建築史家でまちづくりオルガナイザーこと、藤原惠洋(ふじはらけいよう)教授の活動と、通称ふ印ラボ(ここで「ふ」の文字は意味深長なのでちょっと解説を。ひらがなの「ふ」は「不」の草体。カタカナの「フ」は「不」の初画を指しています。そのまま解釈すれば「つたない」かもしれませぬ。しかし一歩踏み込んで「不二」とも捉え「二つとないもの」を目指そう、と呼びかけています。ゆえに理想に向けて邁進する意識や志を表わすマークなのです。泰然・悠然・自然・真摯・真面目・愚直を生きる九州大学大学院芸術工学研究院芸術文化環境論藤原惠洋研究室というわけ、です!)の活動の様子をブログを介して多くの同人・お仲間・みなさまにお伝えしています。 コミュニケーションや対話のきっかけとなるようなコメントもお待ちしております!

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藤原惠洋先生が主宰される「2015年度後期九州大学大学院芸術工学部公開講座 
建築探偵シリーズ その13 汎美計画から芸術工学へ」では、戦前戦後にかけて当時
最先端の海外の建築、工芸、美術といったあらゆる文化を日本に普及させた第一人者
であり、千葉大学工学部工業意匠学科教授、また九州芸術工科大学の初代学長で
あった小池新二先生の足跡を辿る講座です。講座は早くも第五回となりました。
この日、ゲスト講師には千葉大学工学部工業意匠学科OBでエスティマ、カローラ、
プリウス等のデザインを手掛け、さらに幻の車パブリカスポーツを復元した
諸星和夫先生をお招きし、「芸術工学の創造者小池新二(九州芸術工科大学初代学長)
の戦前期デザイン思想と戦後の実践を巡る物語(その2)」と称して藤原先生との
対談シンポジウムが行われました。

  

122日(水)18302030 5号館531教室

「戦後小池新二によるデザイン教育拠点の揺籃〜千葉大学工学部工業意匠学科
黎明と展開〜」

シンポジウム形式講義:
諸星 和夫氏 (元トヨタデザイナー・1989年世界デザイン会議名古屋 議長・
       千葉大学工学部工業意匠学科OB

藤原 惠洋先生(九州大学大学院教授・建築史家)

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開講2時間以上前に本学に来てくださり、藤原先生と打ち合わせをする諸星先生

 

諸星先生は1940年東京生まれ。幼少期から敗戦と日本の貧しさを痛感すると共に
占領軍が乗るジープや野戦用の食事用品などから欧米のデザインの先駆性に圧倒
され、インダストリアルデザインに強く惹かれるようになります。
氏が千葉大学工学部工業意匠学科に入学する同年、アメリカ工業デザインに精通
するJ.ダブリンが日本の産業試験所の講師として来日し、氏はダブリンの下で
アメリカデザインを学んだ吉岡道隆先生に師事しました。諸星氏が在学中
千葉大学では小池新二先生が教鞭を取られていました。
 

千葉大学工学部工業意匠学科からは、当時のプロダクトデザインを牽引する
第一人者が数多く輩出されました。こうした社会のニーズを敏感に感じ取る力や
ものづくりの哲学的下地には、小池先生の影響が色濃く反映されていると言えます。
千葉大学工学部とはどのような梁山泊であったのか、さらに1965年〜2001年に
かけて、小池先生を中心に発足し、先生亡き後も活動が続けられた様々な分野の人
が集う文化的サロンとも言える「よろず会」とは、どのようなものであったので
しょうか。今回は諸星先生のご足跡やものづくりに対する哲学、思想、そして
小池先生と共に過ごした日々を振り返る中で考察が深められました。
 

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第一部では、諸星先生が千葉大学工学部を卒業しトヨタ自動車のデザイナーとして
定年まで在籍された時代を、戦後日本や欧米の社会的背景から振り返って下さい
ました。戦後日本の急速な復興と行動経済成長、そしてアメリカの大衆社会や
マスプロダクトの洗練、広告やイメージの先に見える当時の人々の理想的な社会や
暮らしの姿など、そこには日本とアメリカの圧倒的な差が痛い程に感じられたと
仰り、諸星氏はプロダクトデザイナーとしてその差を乗り越え、日本や社会に
貢献したいという気持ちを強く持たれるようになります。「何がプロダクト
デザインなのか?」という定義を、諸星さんが長年収集されてきたコレクション
の一部である鉄道の釘、歴代の日本製カメラ、切り出し刀からトヨタF1で用いた
コンロッドなど様々なモノを事例に語ってくださいました。
 

またトヨタ時代では、欧米と日本を行き来する中で得た体験は非常に大きなもの
であったと語られ、双方の生活文化や体格、使い手、車社会の背景や環境といった
ものも包括的に見て、体験する中でプロダクトに落とし込んで行く姿勢や手法、
試行錯誤を多々語っていただきました。

 
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休憩の合間に文献や資料を目にした後、第二部では諸星先生と藤原先生の対談
になります。小池先生の思想や哲学はどのようなものであったのか、また
どのように千葉大学の学生や沢山のプロダクトデザイナー、文化人達に受け継がれて
いったのかが数々のエピソードも含めじっくり考察してゆきました。

 

諸星氏が小池先生から学んだ事の大きな一つには、戦後日本が貧しい中においても
小池先生は貧しい・貧しくないといった基準を持つのではなく、毅然とした態度で
プロダクトデザインの在り方を追求する姿勢であったと語られます。最も重要な
判断基準が諸星氏の中に受け継がれたことで、日本製の優れたプロダクトを生む事
に対する誇りや、世界を相手に、欧米のものづくりを乗り越えていく姿勢が生まれ
技も身に付けていくようになったとのこと。
よろず会の様々な企画で小池先生の運転役を務めた氏は、現場で学ぶことの重要性
を体感されました。小池先生は、晩年大学創設や美術館創設といった強靭な組織化
を行っていきますが、何かの団体の属するようなことはなく群れない孤高の姿勢を
貫いたといいます。そして日本が工業化を果たしていく時代の中でも常に冷静に
批判的な視点を持ち合わせていたことを語られました。

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 講座終了後は諸星先生を囲んで赤木酒店へ。参加者の方々の感想や、さらなる議論

で盛り上がりました。

 

今回の講義では、戦後日本の状況や、欧米のプロダクトデザインの先駆性とその差、
またそれらを克服し日本の独自性を獲得してゆくまでの道のりが、諸星先生の足跡
を事例に、包括的に感じることができました。それはダイナミックで挑戦的で
ありながらも、常に人々のニーズを汲み取り新しい価値観やライフスタイルを提案
する細やかな感性や配慮、想像が不可欠であることが伺えました。そこには小池先生
が人々に惜しみなく与えた思想や情報、人脈、機会といったものがあり、現在でも
受け継がれていることが感じられました。今日溢れるほどの工業製品に囲まれて
暮らす中で私たちはもう一度、使う側、あるいは作る側の人間がライフスタイルや
何かを生み出すためのプロセスやコミュニケーションの在り方、理念や到達点
といったものを丁寧に考え直す必要性を問われているように感じました。
諸星先生、どうもありがとうございました。


公開講座201510
次回はいよいよ大団円、12月16日(水)18:30〜20:30 第6回には、
『小池新二が夢見たユートピアとしての九州芸術工科大学』というテーマのもと
九州芸工大画像設計学科OB・元神戸芸術工科大学教授の森下明彦先生をゲスト
講師にお招きし、シンポジウム形式の講義が行われます。




写真:岩井、國盛  文:國盛 

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藍蟹堂。感受性は海の底から波濤や世界の波瀾万丈を見上げる蟹そのもの。では蟹とは?

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