建築史家でまちづくりオルガナイザーこと、藤原惠洋(ふじはらけいよう)教授の活動と、通称ふ印ラボ(ここで「ふ」の文字は意味深長なのでちょっと解説を。ひらがなの「ふ」は「不」の草体。カタカナの「フ」は「不」の初画を指しています。そのまま解釈すれば「つたない」かもしれませぬ。しかし一歩踏み込んで「不二」とも捉え「二つとないもの」を目指そう、と呼びかけています。ゆえに理想に向けて邁進する意識や志を表わすマークなのです。泰然・悠然・自然・真摯・真面目・愚直を生きる九州大学大学院芸術工学研究院芸術文化環境論藤原惠洋研究室というわけ、です!)の活動の様子をブログを介して多くの同人・お仲間・みなさまにお伝えしています。 コミュニケーションや対話のきっかけとなるようなコメントもお待ちしております!

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藤原惠洋先生が主宰される九州大学大学院芸術工学院公開講座 建築探偵シリーズは
第3回目となりました。戦前戦後にかけて当時最先端の海外の建築、工芸、美術
といったあらゆる文化を日本に普及させた第一人者であり、九州芸術工科大学の
初代学長であった小池新二先生の足跡を辿る講座です。
 

3回目は、韓国から特別講師の孫大雄(ソン・デウン)先生をお招きし講義を
いただきました。孫先生は、小池新二先生が初代先生を務められていた千葉大学
大学院工学研究科にて2007年に博士号を取得されました。千葉大学に着任し
学科編成や教鞭を取られていた小池先生の足跡を辿る中で、デザインの概念をより
広義に、本質的に捉えたかったことが研究の動機となったそうです。

藤原先生との出会いは2015年春頃で、今回はこの特別講義のために韓国から
駆け付けてくださいました。

 

今回の講義は、孫先生が千葉大学に提出された博士論文のテーマに沿って
その中から小池新二先生の全体像を掴めるようなものとなりました。特に
「クロスファーティライゼイション(異花受粉)」という考えは、千葉大学時代に
主唱された概念であり、旧九州芸術工科大学が創立された後には「芸術工学」や
「技術の人間化」といったテーマへと移ろっていきます。この3つのテーマに
通底する概念や哲学とは、一体どのようなものなのでしょうか。 

この日は九州芸術工科大学画像設計学科のOB森下明彦先生もいらして下さいました。

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小池新二先生が千葉大学時代に主唱していた「クロスファーティライゼイション」
とは植物学の中で使われるもので、おそらく小池先生が熱中した登山の仲間に植物
学者おり、影響を受けたのではないかと考えられているとのことでした。
小池新二先生の足跡は日露戦争から戦後の高度経済成長期の中で形成され、
孫先生の研究範囲は1920年代〜1970年代までのほぼ生涯を包括しています。
孫先生の研究室は、小池先生が初代の先生であったことから複数の遺品も残っている
とのこと。孫先生は10年ごとのクロノロジカルな視点で考察されていました。
 

初期の1920年〜1930年代は、旅行関係雑誌に執筆することも非常に多く、1940年代
まで「霧の旅」に紀行文が掲載されています。
一方で1927年以降「建築世界」や「建築紀元」を編纂し、特に建築美学に関心を
寄せる中で、人間が創り出した文明は人間の為に使われなければならないという
確信を持つようになります。
当時欧米の最先端の建築文化を取り入れることや周囲に関係者が多かったことから
影響を受けていったと考えられ、東京帝国大学時代の恩師で日本の大学に初めて
美学をもたらした大塚保治からは実証的な芸術研究の必要性を、近代建築の目撃者
である今井兼次からは近代造形運動の教えを、今和次郎からは生活者の視点に
立脚することの影響を受けていることが伺えます。「建築紀元」においては、
バウハウス特集号を出版し、建築に留まらない、技術的な世界を人間化するという
点で、ハンネス・マイヤーに非常に強い影響を受けています。
 
 

1931年には「海外文化中央局」を自宅の事務所を拠点に自営するようになります。
海外機関との連携を通して、建築・工芸だけでなく、哲学・芸術・歴史など幅広い
「人類文化の全領域」にかかわる情報収集機関を目指していました。

1936年には「日本工作文化連盟」の結成し、多角的な視点で、総合的に造形文化を
見直そうと自ら活動しました。西洋近代の造形運動とその成果に刺激を受けた
建築家や美術講師、バウハウスに留学した唯一の日本人の一人である山脇巌らが
集っています。生活者の視点を極めて重要視していた小池先生は「新興家事学」を
1937年に出版。アルバ・アアルトの評価を日本で最も先んじて行っています。
 

1940年代には、中国工芸を主に中国国内10都市で視察し、北京および南京にて
「中日工芸文化交流座談会」を開催。衰退しつつある中国工芸をそのままの姿で
一度復興させることが必要であると述べられます。
後に「興亜造形文化連盟」を結成し国策的な文化団体として、日中両国の
工芸、建築、その他の造形関係の運動の連絡提携を行うなど、生活文化の向上に
寄与しました。1943年に「汎美計画」を出版。「汎美計画とは、世にあるものを
須らく美しかるべし」という意味を込め、これらに関するいろいろな計画や
これまでの寄稿文を集めたものです。

1949年以降は工芸からインダストリアル・デザイン・エイヂに入ったと強く提唱
するようになり、デザイナーとエンジニアとの恊働によって、工業の大規模な
ヒューマニゼイションを図っていくこととなります。

 

1951年には第一回米国工業デザイン視察団一行の団長として渡米。
日本にインダストリアルデザインの最先端を持ち帰り、輸出振興を目的としました。
翌年1952年、千葉大学工芸学部に着任し、工芸学部を工学部に改め、小池先生自身
も教壇に立たれていたことに加え、クロスファーティライゼイション(異花受粉)
の必要性を強く打ち出し、他分野の研究者を工業意匠学科の先生として積極的に
招いていました。菊池安行(人類学)大給近達(文化人類学)、アメリカで
工業デザインを学んだ吉岡道隆などの教授陣が着任しました。

1964年には「国立産業芸術大学の設置に関する会議」の調査委員。
統合化等が議論され、芸術工学という概念が1966年に登場します。
1966年には「国立産業芸術大学(仮称)設置準備会」の準備室長として着任し
九州芸術工科大学が創設されることになります。

九州芸術工科大学の趣旨も千葉大学工学部と同様の理念が貫かれており、

環境設計学科・工業設計学科・画像設計学科・音響設計学科の4つが、設計という
概念でゆるやかに繋がることが目論まれていました。

さらに福岡市立美術館、福岡アジア美術館の創設の中心的役割を果たす中で
アジアの芸術文化の可能性を再評価し普及する活動を行われました。

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孫先生は、「小池先生は学問と現実、日本と他地域、現在と過去、デザインと

他分野の異花受粉を行った」と述べられます。それぞれの分野を結びつけることは
非常に困難なものですが、「渾沌」こそ新たな想像を生み出すと非常に広域な
分野からデザインを捉えていたことを評価されています。近年はポストモダンの時代
であり、小池先生が先駆的に行ってきた、異文化の交流や、異分野の交流、クロス
ファーティライゼイションこそ近年のデザインに必要不可欠であると述べられました。

 
 

小池先生は、近代化や戦後復興といった資本主義社会や経済成長が最優先される
時代、あるいは戦中の抑圧的な社会の中でも、常に人間の本質的な生活の豊かさを
模索し提唱され続けてきたのだと改めて感じられ、近年私たちが持つデザインの
概念や評価基準といったものにも、小池先生の影響が色濃く反映されていることが
伺えました。技術的で狭義的なデザインではなく、プロデューサーのようにコトを
生むことや、社会との関係を築くことで生まれる経験と思想の大切さなど
今日私たちが芸術工学を学ぶ上で非常に大切な示唆を受けたひとときとなりました。
孫先生、どうもありがとうございました。

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特別講義終了後は赤木酒店で懇親会を開催。ここでも小池新二論が熱く交わされ
当時の記憶やエピソードといったものもたくさん引き出されていました。




写真:岩井 文:國盛
 

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