建築史家でまちづくりオルガナイザーこと、藤原惠洋(ふじはらけいよう)教授の活動と、通称ふ印ラボ(ここで「ふ」の文字は意味深長なのでちょっと解説を。ひらがなの「ふ」は「不」の草体。カタカナの「フ」は「不」の初画を指しています。そのまま解釈すれば「つたない」かもしれませぬ。しかし一歩踏み込んで「不二」とも捉え「二つとないもの」を目指そう、と呼びかけています。ゆえに理想に向けて邁進する意識や志を表わすマークなのです。泰然・悠然・自然・真摯・真面目・愚直を生きる九州大学大学院芸術工学研究院芸術文化環境論藤原惠洋研究室というわけ、です!)の活動の様子をブログを介して多くの同人・お仲間・みなさまにお伝えしています。 コミュニケーションや対話のきっかけとなるようなコメントもお待ちしております!

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3日(日)アクロス福岡7階大会議室において、福岡から世界遺産を!
「明治日本の産業革命遺産」世界遺産セミナーが開催されました。
 

九州・山口と関連地域では「明治日本の産業革命遺産」として、日本の近代化に
貢献した製鉄・造船・炭鉱の産業産群を集約し、世界遺産登録へ向けた取り組みを
行っています。富岡製糸場が世界遺産登録を果たした功績を受けて
これらの産業革命遺産群もさらに注目が集まる中、私たちはどのような姿勢で
遺産と向かい合っていくべきでしょうか。
 

この日は、文化庁文化審議会世界文化遺産特別委員委員を務める藤原惠洋先生が
「廃墟か、遺産かー産業遺産群を守り、活かし、世界遺産に導く市民の力ー」
というテーマのもとご講演されました。

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 廃墟か、遺産か

近年、産業遺産に向けられる眼差しの一部は、依然として「廃墟」としての
関心であると言っても過言ではない。「廃墟の廃れた感じが美しい、スリリング、
格好いい」というものである。一方で、産業遺産としての取り組みは地道な
保存活用や周知など、大変な努力が欠かせないものであり、またその歴史は
私たちの未来に多大なる示唆を与えてくれる。この両方の価値が相容れる存在を
どう捉えていくことが必要であろうか。「世界遺産」の成り立ちを振り返ることで
その役割や重要性が見えてくると考える。

 
 

毎日新聞社論説委員の重里徹也氏は、7月25日付の新聞記事にて、世界遺産と
なった富士山は、環境と観光の調和が本当に取れているのだろうか。という警鐘
を述べている。ユネスコは富士山に対して、定期的な保存状況報告書を
要求しており、世界遺産登録となる以前から市民が清掃ボランティア団体を
立ち上げ活動もしている。私達は世界遺産登録が決定した瞬間に安堵しているが
世界遺産は保存活用を最良の状態で維持し続けることが不可欠なのである。
ユネスコはそれらが達成されない場合、危機遺産として捉え直すことや
研究を継続することの推奨を行っている。
 

藤原先生は、グラバー邸を発見した村松貞二郎先生のもとで、1980年代以降
数々の近代化遺産・近代建築の踏査を行ってきた。富岡製糸場もその際
踏査をしていたという。当時、富岡製糸場は日本の近代化を支えた存在である
としての評価が常であった。しかし、2014年度富岡製糸場の世界遺産は
「絹産業の技術革新や絹の大量生産に関わり、国際的に影響を及ぼした」
という視点が加わっている。つまり世界遺産というのは、世界に対して
どう貢献したのか、という点が非常に評価されている存在である。
 

同年、富岡製糸場の他に世界遺産登録がなされた遺産は複数存在する。
オランダのロッテルダム付近に存在し1920年代から建設し続けられてきた
ファン・エレ工場もその一つである。ファン・ネレ工場は1020年代に
ロッテルダムに建てられ、タバコ、コーヒー、製茶等の製造工場であった。
設計はブリンクマンとファンデル・フルフトであり、機能主義として
高い評価を得ている。

 

 

ユネスコ世界遺産は誰のための仕組みなのか?

住民 市民 世界市民 観光客 観光業者?

国の誇り 地域の誇り 国際化競争? 
一体世界遺産とは誰のための仕組みなのだろうか。

1972年 ユネスコ世界遺産条約が生まれた頃、日本はエネルギー転換政策
により石炭から石油エネルギーへと移行、農村の人口より都市の人口が多くなる
逆転現象にさらされている時であった。

1975年は文化財保護法が改訂され「重要伝統的建造物保存地区」によって
歴史的町並みが保存の対称になり、1992年に日本は遅れてユネスコ世界遺産
条約を批准するようになる。

 

 

世界遺産の仕組みはどのようにして生まれたのか。

1960年代からユネスコは「ヌビア水没遺跡救済キャンペーン」を展開した。

この世界条約によって、各国の遺産は国や民族を越えた人々が、お互いに
政治的なやり取りを越えた国際協力が必要不可欠であることを強く打ち出した。
国際協力の基本原則が世界遺産にあると言えるだろう。政治・競争・各国の
不動産としての世界遺産ではなく、互いが分かち合う文化財であることが
世界遺産の最も重要な哲学である。

 

私たちは廃墟に対する興味関心と、遺産として受け継がれるべき意味・意義・
価値を見出す力の両方と、上手に付き合っていかなければならない。

現在と未来はすべて歴史的な文脈の中でつながっている。
私たちの周りの環境は、天与と人為の巧みのバランスの中で育まれてきた
恩恵であり、資産であり資源である。
しかし廃墟とは、文脈から切断され孤絶化してしまった存在ではなかろうか。
廃墟か、遺産か。断片しか見ない廃墟趣味に対し、より包括的な全体を
知ることで、部分として余儀なさくれていたものの全体性を回復することが
遺産を見つめる目である。
 

ブリューゲルの絵画、ゴーギャンの絵画、スウェーデンのスコーグスシュルコ
コーデンにある「森の墓地」、そして軍艦島には、それぞれ人間であることを
振り返る原点や根源、人間とは何かを問い直させる示唆に富んでいることが
共通してある。循環性、全体性を私たちの暮らしの中から見出せるものとして
大分県日田市皿山の小鹿田焼の里などが挙げられる。
江戸時代から変わらない暮らしと生産システムの中で、地産地消や自然
エネルギーの中で生み出し続けている場所である。遺産が指し示すもの、
教えてくれるものは、こうした人の暮らしや営みと共に在る時に可能となる。

 

一方、廃墟は文脈から切断され、孤絶化、断片、崩壊、破壊、残滓、
生命喪失がされている。このような状態では、本来の意味、意義、
価値を伝えることはできない。遺産は包括的な全体の仕組みやシステムを
教えてくれ、文脈、貢献、循環、総合性、再生、復元、復原の可能性を持つ。
現代を生きる私たちには、こうした遺産を過去から受け継ぎ未来へと
渡していくことが必要不可欠であり、むしろ義務であると言えるだろう。

 

 
世界遺産に導く市民の力 

産業遺産が文化遺産として認められる社会的背景には、国家や社会の建設や
近代化を支えた産業、土木、交通、都市基盤施設、建築物、施設構造物などを
包括的に評価する視点が不可欠である。

西洋列強の影響下、独特の近代化を成し遂げた明治日本の産業革命遺産は
製鉄、造船、石炭産業は、東アジアに対して多大な影響を与えたと言える。
よって世界遺産は国際間競争の対称として捉えるのではなく、国際間によって
分かち合いがなされる遺産として捉えていくことが重要である。
 

産業遺産群を守り活かすためには、市民の協力が不可欠である。
清掃ボランティア、ガイド育成など現在も多くの人々が関わっている。
しかし、その取り組み方はもっと工夫が必要であり、世代間の常識や背景の
ギャップを乗り越え、丁寧に次世代に継承していくことが必要である。
現地に入って行くためのプログラム、遺産語り部の重要性、勉強会など
積極的な活動が展開されることが期待される。

 

 

遺産を見る目の中に「廃墟に興味関心を持つ目」と「遺産として評価しようと
する目」の両方が存在するという切り込みにどきりとしました。
近年世界遺産登録という功績が多大に評価される中、あるいはゴールのように
目標とされる中、もう一度世界遺産の意義や意味を捉え直そうという講演は
非常に染み入るものがありました。近年は経済のみならず様々なものの競争が
激化する一方、文化芸術や文化都市、文化遺産などは国を越えた
相互のネットワークを構築しようという動きが盛んになっています。
世界遺産登録も、政治や国際競争、あるいは地域の生き残りをかけた存在で
留まるのではなく、世界の人々にとってもまた学びの深い、示唆に富んだ
遺産であり続ける姿勢と責任が問われてくるのだと感じました。

 

 

D3 國盛

 

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