建築史家でまちづくりオルガナイザーこと、藤原惠洋(ふじはらけいよう)教授の活動と、通称ふ印ラボ(ここで「ふ」の文字は意味深長なのでちょっと解説を。ひらがなの「ふ」は「不」の草体。カタカナの「フ」は「不」の初画を指しています。そのまま解釈すれば「つたない」かもしれませぬ。しかし一歩踏み込んで「不二」とも捉え「二つとないもの」を目指そう、と呼びかけています。ゆえに理想に向けて邁進する意識や志を表わすマークなのです。泰然・悠然・自然・真摯・真面目・愚直を生きる九州大学大学院芸術工学研究院芸術文化環境論藤原惠洋研究室というわけ、です!)の活動の様子をブログを介して多くの同人・お仲間・みなさまにお伝えしています。 コミュニケーションや対話のきっかけとなるようなコメントもお待ちしております!

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いよいよ本格的な夏を迎える71日(火)夜の公開講座では、藤原惠洋先生と

博士後期課程在籍の馬麗那さんが登壇。
中国で展開しつつある創造都市事業の最先端の現状を、上海と北京の二都市を比較しながら、お伝えいただきました。

 
 

18世紀から20世紀へ至る産業革命以降の世界では、急激に成長する市場経済や物流・流通が広い社会を普遍的なものとしてつなげていきます。
一方、各地に根強く残る地域の営みも新たな観点から再評価されつつ、地域固有の資源価値によって支えられてきました。

この間、欧米諸国から世界中に波及してきた経済重視の価値観やライフスタイルは、さらに新たな変化を生み出しており、むしろ地域固有の価値や意味を蘇らせながら、個々人の心豊かな暮らしを実現したいと、地域ならではの文化や芸術の力による地域再生や文化芸術立国等の考え方が広まりつつあります。
そこでは、文化や創造性に内包されてきた力が大きく見直されてつつあるのです。
 

経済産業の構造転換や一途な都市化現象が進む中、過去の遺物、負の遺産、環境汚染などのマイナスなイメージやレッテルによってブラウンフィールドと化した地域は、芸術文化や創造性によって自らの地域に
新たな価値や誇りを蘇らせようとしているのです。私たちのふ印ラボが目指している社会的テーマのひとつでもある「創造都市」の考え方とはそのような動きを積極的に理解し促進しようとするものであり、世界の成功事例を調査収集してきています。
そうした成功事例を通して見えてくる創造都市の魅力とは、いろいろな才能や技能を有した人材が集い合い、お互いを認め合う包容力に溢れた場を生み出しながら、多士済々な多くの人々がみずからの創意工夫を遂げつつ、自分ならではの新しい方向性を見せてくれる可能性に満ちた場所を生み出していると言えるでしょう。
 

さて、今回の事例として紹介された中国においては、「創造都市」ではなく「創意園区」という名称が用いられていました。さらに北京、上海のひとつひとつのフィールドによってもその名称は異なるようです。

公開講座では、馬さんの実践的なフィールドワークによって得られた北京・上海の創造都市を見てゆきました。



創造都市の名称の違い

日本:創造都市  ・創造産業

上海:創意都市  ・創意産業

北京:文化創意産業・文化創意都市  

 

中国は、現時点では創造産業の発展を通した経済利益、雇用機会創出が優先されて
いる側面がある。しかしこれらが根本的な創造産業の目的ではないと考える。
創意産業を通した、社会変革の可能性、社会文化の発展、中国がどれほど国際的に
影響力を持つことができたか。これらは創意産業を発展する最も重要な意義である。

 

上海創造都市(創意園区)拠点の現状

・ 田子坊

・ M50

・ 红坊

・ 上海創意産業中心1933
 

 

田子坊

1920年に建てられた住宅、工場の遺跡を1999年にアトリエへと転用。
エントランスはいくつもあり、観光名所となっている。従来の住宅、食堂、カフェ
レストラン、アトリエ、ショップなど混在する空間。

若手アーティストの作品発表の場となっており、外国人の観光客も多い。

1階は店舗、アトリエ 2階は居住空間という構造。

針工場の跡 創意園区のすぐ裏は開発されている。

上海の創意園区は、北京に比べて比較的社会批判的な思想が容認されている場所
でもある。社会批判的な作品がアーティストによって制作されていた。

 

M50

1938年に建てられた鋼鉄工場跡を利用した創造都市空間。上海美術大学のセンター
も運営されている。新しい建物は少なく、既存の建築を利活用している。

江南省から建築大学の学生も視察しに来ている。蘇州川の周りにはかつて工場が
立ち並んでいた。
 

 

紅坊 

1956年に建設された工場を利活用しており、新しい建築は少ない。

かつて迫害されたユダヤ人が上海に移住していた歴史を持つ。

夕方になると、近隣の住民が広場に集い、交流している。

 
 

上海創意産業中心1933

イギリスのデザイナー バルフスという女性がリノベーション

屠殺場を改装しており、牛が歩いた道も残っている。
現在入居店舗数はやや少ない状態である。
 

 

上海8号橋

1970年代に建てられた自動車のブレーキ工場を改装。20032005年設立。

きっかけ:世界的に著名な設計事務所SOM(ゾム:スキッドモア)が介在した
のが始まり。「4」は不吉な数字のため、1号館〜(4号館不在)〜8号館として
割り振られている。
 

 

創造都市政策

2000年 創造産業は初めて国家政策に導入

2004年〜上海経済委員会SCIC(上海創意産業センター)SCIA(上海創意産業協会)

     創意園区の認定制度を採用

都市が持続的に発展する要素としては、金銭至上主義から、芸術家、科学者、
技術者、歌手、音楽家などが中心となる「人間の創造性を高める経済システム」
への転換が重要となると同時に、多種多様な問題に対応できる創造的な環境を
整備することが必要である。

創意園区の4つの要素:文化、人の創造力、知識産権、商業運営

 

 
 

創造産業が上海で発展した理由
 

経済的側面

1920年代から東アジア、東南アジア(遠東地区)の経済中心

1948年から中国解放後 重要な工業基地として発展

1980年代改革以来 経済、金融、貿易中心

総合型都市→工業型都市→総合型都市というあゆみ

 

政策的側面

2004年から2007年まで75カ所創意産業園区を認定

「十一五」創意産業発展目標を掲げ、上海は創意産業の人材集中地として賑わう。

「退二进三」産業構造調整政策

1990年代から、中国中央政府は現代化経済構造に進めるため、中国経済構造
調整を行った。都市部にある数多くの工業企業は都市部から郊外移すか
生産活動を中止させることであり、積極的にサービス業の発展を促進するような
政策である。

 
 

北京文化創意拠点(創意園区)の現状

・798芸術園区  751芸術園区

・宋荘芸術村

北京は中国の政治・文化・経済の中心として他都市に比べ桁外れに発展している。

 

798創意園区、751創意園区

1954年〜1957年10月にドイツの建築師によって設計。当時は世界最新の
バウハウス設計の建物であり、北京大型軍体用品生産工場集団である。

1990年代から産業構造が調整され798創意園区が創出された。
「大山子芸術区」とも呼ばれる。

1995年9月〜1998年4月 中央美術学院彫刻学科の臨時キャンバス開校。
彫刻学科の隋建国先生はその空間を利用するアーティストの第一人である。
1995年〜アーティストたちの入居をきっかけに、古い工場の広い空間、
安い家賃でより多くのアーティストたちが入居するようになる。

2003年、この工場集団他の一部「北京正東電子動力集団」の生産活動を中止、
2006年、751創意園区と改造された。

 
 

宋荘芸術村

1993年 芸術家たちが宋荘の小堡村に家を借り始める。

2006年 「宋荘芸術家集団居住地域」を展開、当時は集めたアーティストは
      約1000人。

2006年 12月 北京市により第一回10大創意産業認定地区の一つに選定、
      中国最大の芸術家たちが集まる地域となった。

 
 

期待される役割

「園区」内のネットワークの形成

「園区」には創造者の創造性を発揮する場であり、他の創造者との出会いを通して
 自分の創造性が刺激される場ともなる。

「園区」の独特な文化

 固定の顧客層、周辺地域に対する文化を発信センター としての役割

 
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質疑応答:

1990年代に政府が創意産業を推奨するようになるが、アーティストは政府に
よって招集されたのか。それとも自然発生的に集ってきたのか? 

 

アーティストの一部は古い倉庫などをアトリエとして、家賃もタダ同然で利用して
いた。そのことを認知していた政府は、アーティストの占拠を容認する形で
その場所を種のように擁護し、創意産業への発展を促していった。

 

北京・上海以外の空き工場はどうするのか?

 

中国は工業都市というイメージがあるかもしれないが、上海、北京以外に同規模
の工場群は存在しない。またアーティストにとっても開かれ国際的なアート
マーケットへのアクセスが容易になる場所でなければ集ってこない部分もある。

 
 

中国政府による園区の支援はあるのか?
 

中国政府は上質なパンフレットを制作する広報面や渡航費の援助など、アート
マーケットの土壌を育てることに注力している。一方で規制も強いかもしれない。

 

馬には、非常に緻密で先行研究にも裏打ちされた研究発表をいただきました。
 

どうもありがとうございました。おつかれさまでした!

次回の公開講座は715日、中国の創造都市
香港をテーマに、ゲスト講師として児島里華さん(九大OG、香港を代表する『小劇団大演劇祭』プロデューサー)を香港からお招きして開催します!

 
 

D3 國盛

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