建築史家でまちづくりオルガナイザーこと、藤原惠洋(ふじはらけいよう)教授の活動と、通称ふ印ラボ(ここで「ふ」の文字は意味深長なのでちょっと解説を。ひらがなの「ふ」は「不」の草体。カタカナの「フ」は「不」の初画を指しています。そのまま解釈すれば「つたない」かもしれませぬ。しかし一歩踏み込んで「不二」とも捉え「二つとないもの」を目指そう、と呼びかけています。ゆえに理想に向けて邁進する意識や志を表わすマークなのです。泰然・悠然・自然・真摯・真面目・愚直を生きる九州大学大学院芸術工学研究院芸術文化環境論藤原惠洋研究室というわけ、です!)の活動の様子をブログを介して多くの同人・お仲間・みなさまにお伝えしています。 コミュニケーションや対話のきっかけとなるようなコメントもお待ちしております!

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台南創意文化園区
こちらは「原台湾総督府専売局台南支局」であり、現在は「台南創意文化園区」に転用されています。当日、現地では文化創意産業諮問人材養成ワークショップが開催され、文化創意産業有志者が展開する際に、いろんなアドバイスや疑問回答を上記の人材に聞いてもらえます。


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台南市立図書館

こちらは1945年前の日本語蔵書、公の資料、台南新報(古い新聞紙)が揃えられているところとして知られており、戦前期の台湾または日本社会の発展を研究調査するために役に立ちます。

私の修士論文「日本統治時期における台南において社会活動に関する研究ー台南公会堂を例にして」はここの資料を用い、日本統治時期の台南社会の発展と生活を文献実証しながら丁寧に書き込んでいきました。資料に載せられていた記事や広告など、常に私をタイムマシンに載せて「当時」に誘ってくれたものです。

こちらの「日本語書庫」にはもう一つの効用が有ります。それは「足跡探し」ネットワークの構築の可能性です。図書館スタッフの話によると、たくさんの日本人が「湾生」の親や祖父母に関する記事や資料を探しに来ているとのこと。もし私がこういう来訪者の氏名や調査内容を丁寧に日誌を作って記録するなら、それだけでもこの出会いと調査テーマとのネットワークが編み出せるかもしれません。


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台湾総督府台南中学校

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昔は日本人が通っていた学校であり、現在は台南第二高級中学です。キャンパス中では玄関口と講堂の赤煉瓦建物は修復中。


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原台南陸軍偕行社

戦前に日本帝国陸軍将校准士官の親睦・互助・学術研究組織として設立されたものです。
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公園国民小学
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前身は「花園尋常高等小學校」、校舎はよく保存されていますが、赤煉瓦の表面はペンキを塗てあります。もとの赤煉瓦を現して欲しい、きっと赤煉瓦建物ならではの落ち着く雰囲気が出てきます。

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赤嵌楼
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台南市中西区
に位置する、オランダ人によって築城された旧跡です。原名は「プロヴィンティア(Provintia、普羅民遮城)と称し、1653にオランダ人と漢人の衝突事件である郭懐一事件(1652)の後に築城されたものです。
鄭成功は台湾を占拠すると、プロヴィンティアは東都承天府と改められ、台湾全島の最高行政機関となっっていきました。現在は「国定古蹟」に指定されています。

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市街地の看板建築
看板建築(かんばんけんちく)とは、関東大震災後、商店などに用いられた建築様式。建築史家藤森照信が命名したもの。


現在の台南市街地に看板建築があちらこちら点在されています。
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台南府城三大扁額の一つの「一」字扁額


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原鶯料理屋
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孔廟文化園区
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台南測候所

台南測候所台南市中西区にある気象観測に用いられた建築物。正十八角形の建物の中心から白色の塔が伸びており、その形から「胡椒管」とも呼ばれています。1898に落成し、2003に「国定古蹟」に指定されています。
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台南市消防局舎

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原台南神社事務所

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国立台湾文学館(原台南州庁)

この建築は総督府の建築技師であった森山松之助の作品です。
第二次世界大戦の際に連合軍の爆撃を受けてひどく損壊し、大戦後に数度の修復作業が行われました。
その他同類の建築として、台北庁舎(現監察院)及び台中庁舎(現台中市政府)があります。

現在は国立台湾文学館として使用されています。訪ねていたこの日、この館内では「陳澄波百ニ誕辰東亜巡回展」が開催されていました。
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陳澄波は1895年に嘉義に生まれた。1924年日本の東京美術學校に合格、三年生の時、油絵「嘉義の町はづれ」で日本の第7回帝国美術展覧会に入選した。これは初めで台湾人が西洋画で日本の帝展に入選を果たしたこと。翌年はまた「町の夏氣分」で第八回帝展において入選した。これは当時の台湾美術界に多大なる励ましになった。

この展覧会はこれから順番に北京、上海、東京、台北で展示される予定です。

さて私は、ここである説明ミスを大発見してきました。
展覧品の一つには「総督府」と題名が記されていましたが、絵の建物の遠景の特徴を見ながら判断すれば、これは付近の「台南地方法院」にほかならないのです。

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台南地方法院
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台湾で現存唯一日本統治時期において大型地方法院建築物であり、かつては「台湾総督府」(現総統府)、「台湾総督府博物館」(現国立台湾博物館)とともに、三大美しい建築物と呼ばれていました。現在は「国定古蹟」に指定されます。

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林百貨店

林百貨店は日本統治時代の台南において唯一近代的エレベーターを備えていた建物は、俗に五層樓仔(5階建てビル)ともいわれ、台北市栄町の菊元百貨店と並び南北二大百貨ビルともいわれました。百貨店があった末広通りは、台南一の目抜き通りで、当時は「銀座通り」と通称されていました。
今後、展示施設や商業施設として再活用されています。
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日本勧業銀行台南支店
土地銀行台南分行、もと日本勧業銀行台南支店でした。

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市街地にて人々の姿


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BY D1 
柯勝釗



Comments

    • 吉浦美津子's comment
    • 2014年06月07日 08:35
    • 息子(吉浦康裕)が学んだ大学で祖父の記事.写真がでるのは私にとって感慨深いものがあります。梅澤捨次郎の妻(105歳で10年程前他界)からは台湾時代の話を聞いていましたので祖母の話が甦ってまいります。
      去年 私共がほんの少しだけですが祖父の写真などを提供した記事がありますのでよかったら見てくださいませ。

      http://120.126.128.237/joomla/files/P66-73_%E6%A2%85%E6%B2%A2%E6%8D%A8%E6%AC%A1%E9%83%8E.pdf

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