建築史家でまちづくりオルガナイザーこと、藤原惠洋(ふじはらけいよう)教授の活動と、通称ふ印ラボ(ここで「ふ」の文字は意味深長なのでちょっと解説を。ひらがなの「ふ」は「不」の草体。カタカナの「フ」は「不」の初画を指しています。そのまま解釈すれば「つたない」かもしれませぬ。しかし一歩踏み込んで「不二」とも捉え「二つとないもの」を目指そう、と呼びかけています。ゆえに理想に向けて邁進する意識や志を表わすマークなのです。泰然・悠然・自然・真摯・真面目・愚直を生きる九州大学大学院芸術工学研究院芸術文化環境論藤原惠洋研究室というわけ、です!)の活動の様子をブログを介して多くの同人・お仲間・みなさまにお伝えしています。 コミュニケーションや対話のきっかけとなるようなコメントもお待ちしております!

こんにちは。赤煉瓦ネットワーク事務局の飯島さんから記事を送っていただきまし
た。関門大会出席者を中心にお送りします。BCCでお送りします。

 石山修武さんによる追悼記事です。ぜひご覧になってください。
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/building/news/20140210/651029/?P=2

 改めてもっともっとお話を聞きたかったと思います。特に元造園屋である内藤に
は、文中にある「庭師小川治平」(京都無鄰菴、東京古河庭園など素晴らしい仕事を
なさった人です。大ファンなのです。)の本を読んでおけば、大会の時に親しくお話
ができたのにと悔やまれてなりません。先生の残された数々の著作を読んで、私のこ
れからの人生に生かしていきたいと思っています。ご冥福をお祈りいたします。
東京はまた雪です。寒さに気を付けてご活躍ください。

☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆
個性ある魅力あるまちづくり
法政大学現代福祉学部 非常勤講師(地方自治論)
赤煉瓦ネットワーク 事務局長
ヨコハマ パトナの会 代表
内 藤 恒 平




単騎独行の実行家 追悼・鈴木博之

石山 修武

 建築史家の鈴木博之が2月3日亡くなった。5年前からの肺がんから肺炎となっての病死であった。私は5年も前からその事実は知らされていたので、本人同様に覚悟はしていた。

 東京駅駅舎復元はもちろん鈴木博之だけの仕事ではなかったが、彼が中心的な、そしてその始まりの議論を起こし、それを深めた彼の作品と言いたいほどの近 来まれに見る建築的成果であった。同様に国立近現代建築資料館の創設もまた、彼のほとんど単騎独行の努力の成果であった。新国立競技場の国際デサイン・コ ンクールの審査に当たっても、彼は中心的な役割を果たした。その全てを鈴木は衆を頼らずほとんどを単独の判断、決行の中で成した。重要な事ほど彼の判断は 独りの中で成そうとした。立派と言うほかはない。そして義務だけではなく、責任も十分に果たしたのである。

赤れんが造でよみがえった東京駅丸の内駅舎(写真:澤田 聖司)
赤れんが造でよみがえった東京駅丸の内駅舎(写真:澤田 聖司)

 私は彼とは45年来の友であった。友となったのはお互いに言い始めたら聞かぬ、自説を曲げぬの悪癖が似通っていたからだ。以降、それを言う安藤自身も含 めて「建築界の三嫌われ者」としての筋を曲げず、その事によって盟友ともなった。その数ある業績の中で著作としては遺作ともなり、それこそ命懸けの仕事で あった『庭師小川治兵衛とその時代』(2013年、東京大学出版会)は、鈴木の世界観が良く表現され切っている名作である。

 忘れてはならぬ業績に、安藤忠雄の東京大学建築学科教授就任の人事がある。これは当時も今も天の理にかなった名人事であったが、これも鈴木博之は、ほと んど単騎で成し遂げたのである。天の理とまで言うのは、安藤忠雄もまた単騎の人であり、民衆だけが彼の味方であったからである。それ故にあらゆる俗な衆愚 の馴れ合いから自由であったのは、形は異なるが歴史家鈴木博之もまた、実はそうであったからだ。

 大消費社会、そして情報化社会の明晰な建築像、つまりは未来を指し示す形を、建築家はいまだに示すことはできていない。しかし、安藤忠雄を支持する民衆 の力の中にそれはありそうだということは、そろそろ分かってきているように思う。鈴木博之はこれもほとんど単独の思考の中でそれにたどり着いていたのであ る。歴史家は時に予言者でもあり得るのを、鈴木博之はその実行家としての才質の中でも示したのであった。

 鈴木博之の生身は不在となったが、その数々の著作、言説の大半はいまだ実は多くを理解されず、予言のごとくに少数派である。天才は古来、故郷には受け入れられ難いのが真理というものだ。

 これからの建築界はその不在により、より液状化思考がまん延するであろう。世界は生者だけで成り立っているものではない。鈴木もまた、その膨大な死者の 1人となったけれど、死んだ者の、形になり難い、しかし必ず在る見えにくい骨格が、いずれ建築の未来に浮かび上がることの夢。それは歴史家鈴木博之が残し た、最大の我々への贈りモノであった。 

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