建築史家でまちづくりオルガナイザーこと、藤原惠洋(ふじはらけいよう)教授の活動と、通称ふ印ラボ(ここで「ふ」の文字は意味深長なのでちょっと解説を。ひらがなの「ふ」は「不」の草体。カタカナの「フ」は「不」の初画を指しています。そのまま解釈すれば「つたない」かもしれませぬ。しかし一歩踏み込んで「不二」とも捉え「二つとないもの」を目指そう、と呼びかけています。ゆえに理想に向けて邁進する意識や志を表わすマークなのです。泰然・悠然・自然・真摯・真面目・愚直を生きる九州大学大学院芸術工学研究院芸術文化環境論藤原惠洋研究室というわけ、です!)の活動の様子をブログを介して多くの同人・お仲間・みなさまにお伝えしています。 コミュニケーションや対話のきっかけとなるようなコメントもお待ちしております!
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 姫路市立美術館に行った。「レーピン展」を見るのが目的であった。北海道にいた時、彼の作品の一つ(日本語タイトル:「イワン雷帝とその息子」)を『世界美術大全集西洋編』で見た時からレーピンは私の好きな画家の一人になった。今回はモスクワのトレチャコフ美術館所蔵の油彩と素描80点が展示される日本で初めての大規模レーピン展である。念願のレーピン、見ないわけにはいかなかった。

(↓は、「イワン雷帝とその息子1581.11.16」 1885 oil on canvas 199.5 x 254。今回は来日せず。残念!)
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 イワン雷帝ことイヴァン4世(1530-1584)は行政・軍事の積極的な改革や、大貴族を排除した官僚による政治を試みたが、一方で、怒りやすく、粛清、圧政で人々に恐怖をあたえた皇帝。定かではないが、<息子イヴァンの妻・エレナがこの年に身篭ったのだが、イヴァン4世は彼女が正教会が定めた妊婦用の衣装を身につけていなかったのに激怒して彼女を床に突き倒し、何度も足で蹴りつけた。息子イヴァンは妻の悲鳴を聞きつけて助けに入ったが、このときイヴァン4世は鉄の杓杖でイヴァンを打ち据え、頭蓋骨を打ち砕いた。このときの傷が原因で、イヴァン皇太子は数日後に死亡し、エレナも流産し、間もなく後を追うように死去した。>という話があり、これがこの絵のベースになっているようだ。手前にある鉄杖が凶器のようである。史実は今の私にはよくわからないし、画家がどのように考えこの絵を制作したか、依頼主は誰で、いくらで売れたのかということは研鑽を積んだ美術史家に任せようと思う。
 個人的にはこの絵を美術大全集で初めて見た時、宗教画のように思えた。聖書が好きな私の解釈では、父なる神が子なるイエスを誤って殺してしまった場面にみえてしまった。それが聖書の一場面ではなく、実際の出来事に置き換えられて提示された感じである。息子はなぜ自分がこのようなことになっているのかわからない。ところで、今回の展覧会の絵の一つに「決闘」(1897年)↓というのがある。キャプションには「許し」が描かれているとあった。負傷した方が自らを殺そうとした人間を許しているのが描かれているという。<イワン雷帝とその息子>と通底する考えがあったように私には思える。
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 ↑イリヤ・エフィモビッチ・レーピン(1844-1930)はロシアの画家である。彼は、肖像画、歴史画、風俗画をリアリズムの手法で描く。レーピンが生きた時代背景には1853年~1856年のクリミア戦争と1861年の農奴解放がある。戦争は、勢力が衰えつつあったオスマン帝国を巡る利権争いに原因があり、この戦争に負け、後進性が露呈したロシアでは抜本的な内政改革を余儀なくされた。農民は土地から切り離され、成長しつつある資本主義経済の労働源となっていく。資本主義が発達するにつれて、支配階級と民衆の対立は増大。民衆の怒りと反抗がリアリズム芸術の母体である。この時代の思想家、革命家、社会評論家、作家であったチェルヌイシェフスキーは、「生活環境の中で人間は社会的な存在であり、社会的関心に目を向けざるを得ない。芸術家はこれらを作品にし、芸術家としての判決を下さねばならない。」とした。ロシアの美術アカデミーでも有能な一部の新進の画家たちが変革をおこしている。アカデミーの卒業制作コンクールで指定された神話的テーマを描くことを拒否し、自由選択のテーマで描くことを求め、これを拒否されたた学生達が、除籍願いをだした。当時のアカデミーはルネサンスの様式の模倣、型通りの作品制作、専門技術の特殊学校であった。1863年アカデミーを脱退したクラムスコイを先頭にし、画家たちは美術家協同組合を結成し、ロシアの現実と民衆の生活と心に目を向ける作品を作り始めた。まだ学生であったレーピンは彼らとの交流により自らの方向性を見出し、1878年にこれに加入することとなる。この組合はチェルヌイシェフスキーの理論を実践し、定期的に都市から地方へ移動して展覧会を開き、民衆に芸術の意義を示し、芸術を民衆を近づけることを目的とし、また、芸術によって民衆を啓蒙することを課題とし、農奴制や資本主義を告発する作品を制作した。1870年にモスクワとペテルブルグの進歩的芸術家が集まり移動派美術展協会を設立、ロシア美術の成果を国内各地で知らせる目的で71年11月にペテルブルグ美術アカデミーで展覧会を開催、1923年までにペテルブルグ、モスクワなどの諸都市で計48回の移動展を開催した。彼らは移動派とよばれ、批判的リアリズムと呼ばれる写実主義の手法でロシアの民衆の歴史、風景、民俗学的題材を描き、批評家スターソフらの支持を得た。モスクワの実業家パーヴェル・トレチャコフは移動派の作品蒐集や移動派作家への著名文化人の肖像画発注を通じて支援を行い、ロシアの歴史的絵画のコレクションと合わせてトレチャコフ美術館を創設した。
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 (↓はちらしと姫路市立美術館での出品目録)
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展覧会の構成は以下の通り
  1:美術アカデミーと「ヴォルガの船曳き」
  2:パリ留学:西欧絵画との出会い
  3:故郷チュグーエフとモスクワ
  4:「移動派」の旗手として:サンクト・ペテルブルク
  5:次世代の導き手として:美術アカデミーのレーピン

 ↑チラシの絵はレーピン初めての歴史画、「皇女ソフィア」。異母弟であるピョートルにより皇位を剥奪され、修道院に幽閉されたソフィア。195人の親衛兵が帝国の統治をソフィアに求めるため立ち上がったが、ピョートルにより鎮圧され、ソフィアがいる修道院で絞首刑にされた。この絵の窓の外には3人がつるされ、その手には統治をソフィアに求める嘆願書が握りしめられているという場面である。縦2m、横1.5m弱の大きさ。美術選書には、「レーピンはソフィアの目つきの中に、狂乱の表情、みだれた毛髪には乱心の発作を与えている」と書かれているが、実際の絵を見て、私は「狂乱」も「乱心」も感じなかった。怒りと憤りで青ざめてはいるが、目の周りが赤く、彼女の知性や教養が、泣くのを必死で抑えているように見えた。つるされた人間を直視することができず、しかし、自分の為に殺されつるされた人間への悲しみと、異母弟により踏みにじられた自らの尊厳への憤りをこの絵を見ているものにぶつけているような感じがした。

 【レーピン展作品リスト】
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 今回の展覧会をみてわかったことがある。レーピンは一つの作品を仕上げるのに、たくさんの習作を描いている。有名な「ヴォルガの船曳」その他の絵、私の好きな「イワン雷帝とその息子」にも習作がある。これほどの才能を持った画家でも、考え抜いたうえで更に実際に何度も描いて、絵というものはつくられるのだ。
 
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 「ウラジーミル・スターソフの肖像」
 美術評論家スターソフ(1824-1906)は移動派の画家たちを高く評価し、勇気を持って民衆の姿と心を描くことを鼓舞激励した。 レーピンからスターソフに宛てて
どこにいても、何に熱中していても、どれほど夢中になって何かを愉しんでいても、美術はいつでもどこでも私の頭にあり、私の欲望の中にあります。最良の、もっとも密かな欲望の中に

 以下は展示されていた絵をインターネット画像からもってきたもの。
 
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 「休息-妻ヴェーラ・レーピナの肖像」
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 「長輔祭」
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 「海事技術者アンドレイ・デーリヴィクの肖像」ー短縮法が使われている。
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「ワルワラ・イスクル・フォン・ヒルデンバント男爵夫人の肖像」

 私は宗教画でも肖像画でもそこに描かれている人物を見る時、手を見る。手を描くのが上手い画家は、絶対的なデッサン力があると信じている。そして、手は描かれた人の物語を語る。どのような職業なのか、社会的地位なのか、貴族か、肉体労働者か、どのような気分なのかを雄弁に物語ると思っていて、その見方はそんなに間違っていない。デューラーもカラヴァッジョもリュベンスもラファエロも手が非常に上手い。レーピンも上4枚の絵に描かれている手は見事である。実際の絵をみて、特に男爵夫人を見て、あまりの上手さに手だけを長く見てしまった。この展覧会の最後にイタリア人女優を木炭で描いた絵が登場するが、レーピンのデッサン力には凄みを感じますよ。
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「画家ワシリー・ポレーノフの肖像」
レーピンはアカデミーで、貴族出身の裕福で才能ある彼と留学を競ったそうである。
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 「作曲家モデスト・ムソルグスキーの肖像」。入院している時のものだそうです。
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 「日向で-娘、ナジェージダレーピナの肖像」

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 「文豪レフ・トルストイの肖像」-私が唯一安心して見ることができた絵である。なんとなく「やあ、君か。」と言っているような気がした。 
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 「少年ユーリー・レーピンの肖像」レーピンの息子。
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 右の絵、「イタリア人演劇女優エレオノーラ・ドゥーゼの肖像」はキャンバスの上に木炭で描かれている。画家はこれを描く時、かなりのスピードで描いたと思われるが、物凄いデッサン力である。一発でここまで描けるものかと感心した。

  ↓ 絵が人間のドラマを的確に表現ている。ささやく声、拒否する声、声にならない声、笑い歌う声、嘲笑の声、こころの声、商談の声、実務的な声、描かれている者たちの声が見ている者にも届きそうな気がする。
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 「集会」
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「懺悔の前」
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 「思いがけなく」
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 「昨夜の宴」
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 「トルコのスルタンに手紙を書くサポロージャのコサック」
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 「画家ウラジーミルメムリンクの肖像」
Portrait-of-Pavel-Tretyakov-(1832-98)-in-the-Gallery,-1901[1]
 「パーベル・トレチャコフの肖像」
Portrait-of-Zesar-Kjui-(1835-1918),-1890[1]
 (ここから上の絵は実際に展示されている絵)

 いい展覧会であった。全ての絵が上手で、全ての絵が物語を持ち、描かれている人物は絵を見ている者たちに話しかけていると思えた。この前、東京都美術館でエルグレコ展を見たが、エルグレコが描く人物は神へ問いかけてはいても、見ている者に語りかけてこないように私には思えた。ウソかホントかわからないが、「全ての音楽は神への問いかけであり、全ての絵は神へ捧げるものである。」というのを聞いたことがある。レーピンの絵は神に捧げなくてもいい。


↓は今回の特別展には出展されていないが、レーピン作品なので、是非見てみたい。
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  レーピンの絵は写実的でありながら、どれも聖性を感じる。

   <レーピン展>
 2012.8.4-10.8  Bunkamuraザ・ミュージアム
  2012.10.16-12.24  浜松市美術館
  2013.2.16-3.30    姫路市美術館
  2013.4.6-5.26     神奈川県立近代美術館 葉山

  【参考・引用文献】 
  モスクヴィノフ/モルグノワ・ルドニツカヤ『レーピン-19世紀ロシアの画家』美術出版社 1973年
  中村曜子『ロシア・ソ連ヒューマンリアリズム絵画の流れ-近代から現代へ』月光荘株式会社1972年


 ニューヨークのメトロポリタン美術館の館長、トーマス・P・キャンベルが、TEDという番組の中で
 「美術館の展示室で物語をつむぐ」と題してスピーチをしております。“本物を見ることは時空を超えて過去の人々と出会うこと”だそうです。↓
    
http://www.ted.com/talks/lang/ja/thomas_p_campbell_weaving_narratives_in_museum_galleries.html                                  

                                              岩  井
 

 

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