国際文化遺産保護法の中では、これまでバーミヤーンの文化財修復に関する問題や
世界遺産の普遍性、世界遺産を保存活用するにおいて重要な項目についてなど、
講義をいただきてきました。今回は世界遺産における「景観」という概念について
講義をいただきました。
日本における世界遺産化の動向と課題
世界遺産へ登録申請を行う場合、遺産のもつ歴史的背景、価値、保護コンセプトを
明確にすることが重要となってくる。
宗像・沖ノ島と関連遺産
フォークロアの遺産か?マリタイムの遺産か?信仰の遺産か?
福岡県において世界遺産へと推し進められている遺産の1つに「宗像・沖ノ島と
関連遺産」がある。
沖ノ島では、中国大陸・朝鮮半島との交流の成就を願う祭祀が4世紀後半~
9世紀末にかけて行われた。ヤマト王権をはじめとする国家が、この島を神なる
島として交易交通の安全を祈願し、女人禁制の伝統を守り現在に至る。
発見されたおよそ8万点の遺物は国宝に指定され、日本および中国・朝鮮の国家
形成の軌跡を辿るものである。
最も重要な価値付けはどこに重きが置かれるのか?
神なる島 :女人禁制 民俗学的視点か?
マリタイム :中国大陸と日本大陸の交流の場か?
(実際の物資と交流は太宰府)
国家神道の歴史:正当の通史は伊勢の方が強靭ではないか?
その他、当時の東アジアの緊張関係、信仰の特殊性、奈良・京都にもない宝玉
が残っていることなど、外すことのできない価値が多々存在する。
国内における世界遺産候補の近況
国内の城においては、天守閣のみを価値付ける訳にはいかない。本殿、庭園、
石垣など多岐に渡る。と言いながらも一方で、特別史跡に城郭が含まれるもの
は限られている。
城の比較
例えば日本の城と欧州の城を比較する場合、著名なフランスのベルサイユ宮殿
を選ぶとする。ベルサイユ宮殿には人が住んでいた。
機能、時代等擦り合わせると姫路城は住み暮らしていた御殿は残っていない。
江戸城の松の廊下なら匹敵する?御殿として残っているのは、現在二条城のみ。
多様化する世界遺産候補
四国お遍路、富士山、近世期の教育機関としての寺子屋や塾、近代化産業遺産等
候補は多様化している。しかし古墳・弥生時代の世界遺産候補はまだ出ていない。
古都
東北はなぜ、縄文時代を語ることが出来るとするのか?ー飛鳥時代は法隆寺ー
それ以降1000年の歴史を京都が主に保持(平安京以降、各時代を取って国宝で
歴史をかたることができる。大徳寺・妙心寺・禅寺(茶室など貴重)は史跡や
重要文化財指定が遅れたため、世界遺産に登録されることがなかった。)
武家の古都 鎌倉/Home of samurai
神奈川県・横浜市・鎌倉市・逗子市の遺産を集合し「武家の古都」と定義。
源頼朝による武家政権が1192年に成立。鎌倉の山に囲まれ海に面した自然地形
を要害の地として、重要な神社や寺院、武家館、切通(交通路)、港などの行政
防御・物流上の拠点を機能的に配置。鎌倉時代に設置された11の神社・寺院と
10の寺院跡・武家館跡・切通・港跡を構成資産としている。
海外の人にも通じる「侍 samurai」の定義が必要。
近代建築も世界遺産になるか?
ブラジリアの建築群、ル・コルビュジエの建築群も世界遺産ないし暫定リスト
として記載されているが、 日本においては、丹下健三の建築が世界遺産化へと
考えられている。しかし丹下の代表作はどれにあたるのか。1960計画は計画
のみである。東京オリンピックホール競技場か?難しい選択である。
富士山は世界遺産になるか?
・富士山における普遍的価値は、一国の文化の諸相との深い関連例をもつ
・生きた文化的伝統の物証
・人間と自然との良好で継続的な関係を示す見本
↓
「信仰の対象としての富士山」&「文化創造の源泉としての富士山
(葛飾北斎の浮世絵・ジャポニズムのアイコン・大衆芸術の象徴)」
オーストラリア……エアーズロック
ヨーロッパ…………アルプス
中国……………………黄山 など、1つの文化圏において象徴的な山は存在する。
「信仰の山」というのは世界各地にある。しかしそれらが芸術の対象となる例
は先進国に限られてくる。
浮世絵(ここでは銭湯の富士山など、無名の大衆芸術は除かれる)
葛飾北斎 「甲州石班澤」 http://free-paintings.gatag.net
葛飾北斎 「凱風快晴」http://www.um.u-tokyo.ac.jp
歌川広重「由井さった嶺」http://takeb777.at.webry.info/200909/article_20.html
「富士曼荼羅図」http://www.hellonavi.jp/mtfuji/knowledge.html
ヴィンセント・ファン・ゴッホ「タンギー爺さん」
http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/gogh_tanguy.html
1992年 レオン.プレスィール「世界遺産条約の20年」 において、
日本の絵画の対象となる富士山も海外にとっても価値を持つと語っている。
名勝の指定地………およそ5合目+林野庁国有林・自然公園の範囲
1000円札の富士山は本栖湖からの景観 この景観を保持させることが必要では
自然景観をどうするか?…………静岡県で保存管理計画策定
地元民から、柿田川 富士山の水も構成資産に追加して欲しいという要望が
あったがテーマの明示化のため構成資産としては省いている。
遺産から多くの貴重な物語が再発掘され、人類にとって普遍的な価値を持つのか
を考えることは、資産化する関係者のみならず、鑑賞者も考え理解し支援する
ことが重要です。地球上に数多く存在し、世界各国や自治体がしのぎを削って
目指す世界遺産。発足当初の西洋文化傾倒や景観美傾倒からの脱却をしつつ
もなお、各地の遺産が「世界遺産にするためのマニュアル化」に文化を集約
させていってしまってはいけません。
歴史を作り繋げてきた地域住民にとって、世界遺産のルールが外部による勝手な
歴史の編纂とならぬよう、地域住民もまた世界遺産登録のプロセスから関わり
見つめ見守る姿勢が不可欠です。
各地の世界遺産にまつわるプロセス、成果事例、そして問題点などを臨場感に
あふれながら講義してくださる稲葉先生の授業は、世界遺産という1つの通過点
を通して、これから人類が、歴史・文化と共にどのような生活のあゆみを経て
行くのかを考えさせられるような時間となりました。
稲葉先生、今年もありがとうございました。
お知らせ......................................................................................
第23回文化資源学研究会及び特別講演会においても、富士山の世界遺産化の
行方に注目した講演会が開催されます。
日時: 2013年3月23日(土)
場所: 東京大学法文1号館 113教室
http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_01_01_j.html
<研究会>
13:00~13:45 野村悠里(東京大学)
「文化的記憶を伝える綴じ:大英図書館『袖珍辞書(Pocket Dictionary)』
の装幀に関する分析」
13:45~14:30 竹内 唯(東京大学)
「明治期における「少女」のはじまり――雑誌『少女界』にみる編集方針の
成立過程から」
特別講演会 15:00~16:30
芳賀 徹(静岡県立美術館館長、東京大学名誉教授)
「文化資源としての富士山:世界遺産登録をめぐって」
D3 國盛
山川です。
藤原先生や稲葉先生の授業のまとめ、とても勉強になります。
毎回詳細なご報告ありがとうございます。
富士山の世界遺産推進について、富士山に見守られて育った人間としては、大変強い関心を抱いております。
一地元民からしますと、富士山の世界遺産推進は地元(静岡東部、山梨南部)が置いてきぼりになっている感があります。
国や県が主導となり「日本の」富士山を世界遺産にすることを推し進めている面が強く、世界遺産化に伴う保護・保全の制限の中で、観光業や生産業を中心に反発がおきてもいます。また、地元民にとって「富士山があって当たり前」ゆえに、景観や開発に対する意識も薄い現状があります。また、富士山は地元民にとって、大きな恩恵と共に、噴火による苦しみも与えてきました。そして、近い将来また噴火すると言われています。そのような災害の歴史といった面も考慮する必要があるのではと思っております。
國盛さんがおまとめになられている
「歴史を作り繋げてきた地域住民にとって、世界遺産のルールが外部による勝手な歴史の編纂とならぬよう、地域住民もまた世界遺産登録のプロセスから関わり見つめ見守る姿勢が不可欠です。」
のご指摘のように、世界遺産となった富士山と地元がどのようになっていくのかを見守っていきたいと思います。
九州の近代化遺産に関する地元での動きや反応なども、いろいろとお聞かせください。
それでは、また。ご自愛くださいませ。