東日本大震災のような大きなカタストロフィーに対して、アートは復興に
寄与することができるのでしょうか。受講生の中には「力にならない」
「アートをお金に換え、被災地を支援するべきだ」という意見もありました。
また「震災でなくなってしまった風景を、再びアートで創出できるのではないか」
という意見もありました。風景を創出するアートとは一体どういうことでしょうか。
人と人が恊働で何かを成すこと、その土壌をアートが提供すること。それらは
「アートプロジェクト」によってもたらすことのできる可能性かもしれません。
今日はゲスト講師に神戸芸術工科大学 准教授 谷口文保先生をお招きして
「地域社会に共創を誘発するアートプロジェクトの研究」について講義を
いただきました。
アートプロジェクトとは?
Art 名詞 ①芸術、美術 ②技術、技芸 ③人工、技巧
Project 語源 ラテン語で「前へ投げる」の意
名詞 ①計画、企画
動詞 ①映写する、投影する ②(光、音などを)投げかける、投げ出す、
放出する、発射する
④計画する、考案する ⑤(構想や考えを)向ける
アートプロジェクトは完成された作品のみに価値があるのではなく、恊働によって
行われれる行為、過程、プロセスそのものに価値があると言えます。
社会や地域をフィールドに行うアートプロジェクトによって、フィールドに
とっても波及効果をもたらすことができます。日本国内では1990年代より興隆し
まちづくり、地域社会、福祉、学校教育など様々な場面でアートプロジェクトは
展開されています。
谷口先生は地域と連携したアートワークショップを多数開催してこられました。
その中でも2008年から継続している「えびすアートプロジェクト」は、
障害者とアートの関係が社会と結びつき、豊かなコミュニティを築くための
様々な人々との恊働によるプロジェクトです。
兵庫県たつの市堂本にある福祉事業所NPO法人えびすは、企業への就労が
困難な障害者が共に働く場です。
福祉事業所NPO法人えびす [知的障害者の就労支援]
兵庫県たつの市 就労者19名 スタッフ6名
福祉事業所とは?
・企業での就労が困難な障害者が共に働く場。
・障害者自立支援法によって、就労支援へ。
http://love.ap.teacup.com/ebisu-yasai/
知的障害者の就労支援であるえびすでは、手作りパンや「さをり織り」など
製品を作って販売しています。ここに、谷口先生のアートの力が加わります。
きっかけは、障害者の方が描いた絵がとても魅力的で、その原画を基に
アートを創出することを思いついたことでした。
神戸芸術工科大学のファッション学科と、障害者の表現があわさって、
エプロンができあがりました。
作品収益の20%は、NPO法人えびすに還元され、利用者に均等に
配分されます。障害者の社会参画が飛躍的に拡大する活動です。
障害者の方の原画 → 学生とのコラボレーションによる作品制作 →
デザイン学科学生がエプロンデザイン→工業高校とのコラボレーションにより
ファッションショーなどなど、地域の濃密な連携から新しい可能性が
どんどん広がります。
「みっくすさいだー」(柊伸江代表)というグループのご紹介もいただきました。
みっくすさいだーは、2006年に神戸芸術工科大学のファッションデザイン学科の
学生が、知的障害者の青年とのコラボレーションによって展開される
デザイングループです。障害者のNさんが描いた原画が、デザイン学生によって
魅力的なテキスタイルに変わり、企業とのコラボレーションも果たします。
障害者の方の誇りや自身が創出され、デザイン学生にとっても大変意義深い
機会となっています。
NPO法人えびす+神戸芸術工科大学の谷口研究室+みっくすさいだー
[知的障害者の描く絵画を基に服飾デザインを展開するデザインチーム]によって
福祉施設の存在がより社会化され、就労とは違う形で地域への参画が可能と
なりました。神戸ビエンナーレではアートバスも彼らにより制作され運行しました。
アーティストの勝手な構想によって地域が翻弄されることもあるなど、
現場では様々な問題も発生しています。アートプロジェクトは表現と交流の循環
(=共創)が、芸術創造と社会政策の成果に繋がります。一方、アートプロジェクトの
副作用も考慮し対処しなければ なりませんし、アートプロジェクトは
地域文化を創出していくきっかけに寄与しなくてなはなりません。
谷口先生の目標は「汎用性のあるアートプロジェクトの理論を構築し、
将来その普及によって、効果的な実践を容易にし、課題共有によって創造的な試みの
促進を目指す」ところにあります。また今後人々が既存のアートプロジェクトの
形式を超えたところに、新たな社会の可能性があるのではないか、と
おっしゃっていました。
「芸術はこれまで「ゼロ」から「お金では買えない」価値あるものをつくりだして
きたのだが、その想像作用の重心が、モノ(作品)を作りだすことから
むしろコト(関係)—人と人との関係、人とモノとの関係−を作り出すことの方に
移動して
きているのではないか。いま芸術は、新しい「関係性」を作り上げることから
成り立とうとしているのではないか。」(加藤典洋「楕円の思考 越後妻有で
考えたこと
有用性から関係性へ「3.11後」の新たな展開」
神戸新聞2012年4月26日朝刊より)