建築史家でまちづくりオルガナイザーこと、藤原惠洋(ふじはらけいよう)教授の活動と、通称ふ印ラボ(ここで「ふ」の文字は意味深長なのでちょっと解説を。ひらがなの「ふ」は「不」の草体。カタカナの「フ」は「不」の初画を指しています。そのまま解釈すれば「つたない」かもしれませぬ。しかし一歩踏み込んで「不二」とも捉え「二つとないもの」を目指そう、と呼びかけています。ゆえに理想に向けて邁進する意識や志を表わすマークなのです。泰然・悠然・自然・真摯・真面目・愚直を生きる九州大学大学院芸術工学研究院芸術文化環境論藤原惠洋研究室というわけ、です!)の活動の様子をブログを介して多くの同人・お仲間・みなさまにお伝えしています。 コミュニケーションや対話のきっかけとなるようなコメントもお待ちしております!

【3月27日】この日は長崎市の黒崎カトリック教会、長崎市外海(そとめ)地区の出津文化村の、出津教会やド・ロ神父記念館(旧鰯網工場)、外海歴史民俗資料館、遠藤周作文学館を訪れました。黒崎カトリック教会は角力灘を望む高台にロマネスク様式の赤レンガ造りでたっている。ここは遠藤周作の「沈黙」の舞台にもなった。内部のリブボールト、ステンドグラスが美しい。
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【ド・ロさま塀】1840年生まれのマルコ・マリ・ドロ神父が造った。下の写真にある大野教会は1893年に建設された小規模巡回教会。ド・ロさま塀とは玄武岩割石を漆喰モルタルで固めた壁。この石はウエハースのよう。このような弱い石(加工し易い)のことを地元の人は女石(おんないし)と呼んでおります。
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【オラショ】外海歴史民俗資料館ではある音を聞くことができる。それはオラショだ。オラショとは?オラシオ(oratio)に由来する、元はラテン語の祈祷文のこと。信者は仏教徒として振る舞いながら密にオラショをとなえていた。しかし、音としては残っているが、ラテン語本来の祈祷文の内容は失われてしまっている。資料館にはメ大メダイやロザリオ、聖像、観音像がある。この日は、シスターがオルガンで聖歌を弾いて下さった。DSC05693DSC05672

【遠藤周作文学館】
文学館の入口の塀はドロさま塀のようだ。私たちは行かなかったが近くにある≪沈黙の碑≫には「人間がこんなに哀しいのに主よ、海があまりにも碧いのです。」と刻まれている。文学館からの眺めはまさにこの文章のまま
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 【隠れキリシタンのお墓はこんなところにある】
 写真右手の灰色の石が隠れキリシタンのお墓とのこと。ここに辿りつくだけでも大変だ。
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【長崎近代化遺産研究会のみなさまとの懇親会】
 長崎近代化遺産研究会(会長:宮川雅一氏)のみなさまとお話しをする場を持つことができました。長崎県の石炭が日本の近代化に果たしてきた役割(鉄道・橋梁・上下水道・通信施設・防衛施設等のインフラ整備等)についてのお話を聞くことができました。又、皿うどんの麺がちゃんぽん麺になっているのをいただきました。
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【3月28日】軍艦島へ
 正式名称は長崎市高島町端島。長崎港から18.5㎞の海上にあり、総面積0.1平方㎞、南北480m、東西160m。高さ10mの岸壁が周囲1.2㎞を取り巻き内側に住居(日本で初めての高層アパートとのこと)や施設がある。大正時代に建造された軍艦「土佐」に影が似ているため、軍艦島の名がつく。そもそもは海底炭鉱である。英商人グラバーと佐賀藩が1868年に洋式採炭をはじめ、後に三菱財閥の手に渡り、その財力の基礎となったのが高島炭鉱。端島はその支鉱。ともに造船の街・長崎の基礎を築く。最大で約5000人以上の人々が住んでいた。1974年に閉山。閉山して3か月後の1974年4月に無人島になる。当時は最先端の技術を集めた場所だったろうが現在はいろいろなものが朽ち、時間が止まったかのようであった。現在でも窓ガラスが落ちてくるなど日々壊れているとのこと。坂本道徳さんの話を聞くと、日本の近代化に寄与し、その後炭鉱閉山、3か月で無人島になり、近年になって産業廃棄物置き場になりそうになったこの島の役割を考えさせられる。
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 軍艦島は1890年三菱の岩崎弥太郎によって買い取られた。この像は軍艦島ではなく、高島にある。
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 軍艦島の護岸は 砂岩と石の間を「天川(あまかわ)」と呼ばれる石灰と粘土を混ぜたもので固める工法が使われている。これは小山秀之進という天草出身の大工の棟梁の手によるもの。

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 【グラバー園】
  トーマス・ブレーク・グラバーは1831年生まれ、21歳の時来日、造船、採炭、製茶を通して日本の近代化に貢献。キリンビールの基礎は彼がつくった。グラバー邸はバンガロースタイルという。ヒサシがあるのが特徴。DSC05804

 下の写真は家具についていた松皮菱
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 天井の網代作り
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 この柱の作り方を几帳面という。
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天井にありました。秘密の談合が行われた部屋へ続くようです。
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 キーストーンのマネをして作ったとのこと。当時の大工は西洋建築にある本当のキーストーンの意味を知らず、形から入った結果、このようなキーストーン風装飾ができた。このような過程を“近代化”と表現してよいらしい。
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石柱上部にフリーメーソンのマーク(コンパスと直角定規)がある。
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 グラバー園にはハートが3つあるとのこと。2つはわかりましたが3つめは?でした。

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 この日はこんな感じの天気。観光客も多かったです。

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 昼食は、長崎の中華街の江山楼でした。

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 以上、1泊2日の密度の濃い踏査でした。【研究生:岩井】










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