建築史家でまちづくりオルガナイザーこと、九州大学藤原惠洋(ふじはらけいよう)名誉教授の活動と、通称ふ印ラボ(ここで「ふ」の文字は意味深長なのでちょっと解説を。ひらがなの「ふ」は「不」の草体。カタカナの「フ」は「不」の初画を指しています。そのまま解釈すれば「つたない」かもしれませぬ。しかし一歩踏み込んで「不二」とも捉え「二つとないもの」を目指そう、と呼びかけています。ゆえに理想に向けて邁進する意識や志を表わすマークなのです。泰然・悠然・自然・真摯・真面目・愚直を生きる九州大学大学院芸術工学研究院芸術文化環境論藤原惠洋研究室というわけ、です!)の活動の様子をブログを介して多くの同人・お仲間・みなさまにお伝えしています。 コミュニケーションや対話のきっかけとなるようなコメントもお待ちしております!
新聞や雑誌を見るだけで胸が苦しくなります。
でも、震災、原発事故は現実に起こった事なのです。

東京に在住の時からの25年来の仲間の森まゆみさんよりこんな連絡がきました。

DSC01666



サイトで書いたものを貼付けます。
●震災日録 22日 森まゆみ

森まゆみです。いま九州から帰ってきました。
さいわい宮城県丸森からは引き上げたところでした。ご心配かけました。

 
オール電化住宅でひどい目にあったという話。ガス、石油、電気、薪ストーブなどオルタナティブな熱源があった方がいい。景色がいいからと高い超高層マンションを買ったとて、エレベーターが止まったら高齢者など避難はできません。

丸森町は福島県境、宮城の南限の里山でそれほど被害はなかったようです。
しかし18日くらいまで友人知人にはまったく連絡とれず。
丸森は、今は福島原発近くからの避難者を350人引受けているようです。
しかしガソリンがなくて手も足もでないそうです。
八島やという何でも屋さんは小売値でガソリンを仕入れ、その価格で売っています。
峠を越えた隣りの相馬、新地、山元町、岩沼、名取あたりは壊滅です。
津波が海沿いの低地の田畑をなめていった映像のあたりです。楽しい思い出がいっぱいありますが。
丸森で一番仲良しだった30代の真理ちゃん、わが妹のようなひとも連絡とれなかったのですが無事がわかりました。那須町の道の駅で農産物普及のマネージャーについたところ、野菜出荷停止となり、その上、道の駅が被災者受け入れの窓口になるそうです。

町作りの面から一言。

三陸へ行くと、明治2年の津波のときここまで水がきた、これより海際に家を建てるな、と書いてあるのに、いっぱい家が立っていて恐いなーと思います。『失敗は伝わらない』、本当です。

町作りも防災も歴史に学ぶことが必要です。
瓦礫の撤去が終わったら、戻ってまた家を建てると被災者はいっていますが、海際は捨てて山ノ上にコミュニティは生かしたまま、町を再建したほうがいい。

イタリアなどではマラリアやペストの猖獗のころ、高燥な山の上に町を造りました。なかなかこじんまりしていいレストランもあって、楽しそうな町が多いです。
不便なら香港みたいにエレベーター、エスカレーターをつけたらいい。

想定外の津波にやられたので、もっと高いコンクリの防波堤をつくる、というような開発土建主義の復興を続けさせてはいけません。どんなコンサルが入るか、によって相当復興のし方が違ってくるでしょう。

森まゆみ(2011年3月22日)

●震災日録 24日 森まゆみ

きのう、谷根千地区古書ほうろうで『昔日の客』の著者関口良雄さんをしのぶ息子さんの直人さんのコンサートがありました。雨にも関わらず55人参加、みんな不安ななか、集まる所を求めているのだと思いました。静かな歌を一諸に歌いました。

丸森町は福島に陥没したような町なので原発50キロ圏で、ヒッポ地区では住民の避難が始まっているようです。
『樅の木は残った』の舞台船岡のはとこは「森家はみな無事、しかし夫はいないし、姑がデイホームがなくて電気もつかない中介護が大変。食糧はとなり近所が助けてくれる。水は23日やっと出た、余震が大きくて恐くて風呂に入る気がしない」とのこと。
角田の障害者施設虹の園は「みな無事、でも障害者雇用施設のピザハウスは山元町にあって流された」とのこと。
仙台文学館は天井が崩落、再開のメドが立たず、館員の赤間さんは5歳時を山形の両親に預けて働いています。仙台-山形間のバスはあるようです。
石巻の日本で唯一の茅葺き屋根の熊谷産業では『社員は無事、しかし社屋、家屋跡形なし。対岸の小学校100人中90人行方不明」だそうです。涙がこぼれます。

那須の妹分真理ちゃんは仮住まいで荷物がほどけないので、まゆみさんにもらった『舞姫』と『円朝ざんまい」をむさぼるように読んだ。することないし、読書は心を支えてくれる、といっていました。
千駄木の川本眞理さんも被災者には食糧が最優先だけどおもちゃや本も届けたい、といっていた。おもちゃもゲームも教科書も流された子供たちもいます。

都のアイソトープ研究所の友人は毎日深夜まで検査です。
水道のヨウ素は心配する値ではないが、8日で半減するので汲み置いて使うこと。活性炭を入れるとかなり効果あるといっています。彼の話は25日夜に聞きます。これについてはアグネの権上さんから。

友人知人のみなさま
権上かおるです。BCCいっせい送信、またご不要の場合、ご容赦ください。
都合により、雨研HPのメンテができないでいますが、市民科学研究室のHPにおもなものが掲載いただいております。その他の情報も充実しています。ご参照ください。
→[提言]放射能汚染に対する生活上のアドバイス(NPO法人 市民科学研究室)

(http://blogs.shiminkagaku.org/shiminkagaku/2011/03/post-42.html




82歳の老母の素朴な疑問

・シートベルトとかシューベルトみたいなあれ、なんなの?
・福島原発がいつできたかって、最初の頃ずっと言わなかったわね。4 0年と言えばロートルよね。
・いまのところわかりません、確認中ですって、わからないもの作らないでほしいわね。
消防の人はたしかによくやるけど、中にいる作業員は誰で、どこで、何やっているのか、何も報道はないわね。
・設計した連中はもう退職して、古い電化製品だから部品がないんじゃないの?
・NHKのアナウンサーは「だいじょうぶなんですよね」と念を押すだけ。自分が恐いのね。民放の方がキャスターが現地へ飛んでいるわよ。
・あんなの見てると気分悪いから、BSで仕掛人梅安見てるの。
・わたしは薬のないとこ行く気はないし、「ただちに人体に影響ない」ったって10年後にでるんでしょう。でもそのとき92だから ね、逃げることないわよ。




25日、森まゆみ発。

山崎佳代子『解体ユーゴスラビア」という本がありました。
ユーゴの内戦を一主婦の目で生活からとらえたものです。
被災地はとりあえず屈強で経験豊かなNGOやジャーナリストに任せて、今の東京を記録しておくのもいいと思います。

九州から帰ると羽田空港も節電、歩く舗道が止まっていた。
三田線もエスカレーターは止まり、エレベーターだけ動いていた。電気も半分くらい。

不要不急のものが売れない。お花屋さんでは、チュ-リップを10本400えん。ピンクのを買ったら黄色いの10本、おまけにくれました。

サトコは町のお店でで牛乳をタダで配布していたので2本もらってきました。

美容院は、いつもなら卒業式でかきいれどきなのにひまだって。結婚式も中止であがったり。

白山の火風鼎は、つゆの材料(魚介類)が入らないのでつけ麺は休み。

居酒屋みさきでは、水道水にヨウ素検出で水割りをどうつくるか、なやんでいた。

千駄木の天米。お彼岸時は客が多いのに、少なくて困っている。さいわい材料は西のものが多い。市場はむしろ余り気味。築地までのオートバイのガソリンが心配。

帰宅難民、文京区ッてホントに坂が多いわ。四ッ谷から千駄木まで歩いた人、紙が入らないので雑誌も大幅変更。茨城の印刷会社が止まり困っている。

私の4月から始まるはずのY紙の連載も延期、いつになるかわからない。
4月の講演も二つキャンセル。フリーはつらい。

原田病の目には今くらいの光量の方がまぶしくなくてありがたい。白内障、緑内障の人たちにとってもいいはず。
タクシーはリーマンショックで売り上げ半減、今はそのまた半分、暮らしていける売り上げじゃない。全部歩合制なので。

荒川のこっちは真っ暗、足立区側は耿耿と電気、腹が立つ。埼玉在住者。
林町東町会のはりがみ。『明るさに協力』、どういう意味だろう。

千駄木小学生たちはオレンジ色の防災ずきんを被り、雪ん子みたいに集団下校。



●震災日録 26日 森まゆみ

森まゆみ発26日、日録

4年間、畑を借りていた宮城県丸森町は被害軽微と思っていましたが、どっこい、そんな簡単なものではないことがわかりました。
まず町民のなかで海際の山元町、新地町、相馬などに通勤していたひとに死者が出ています。葬式が行われているようです。

南相馬町の老人施設から200人が筆甫の廃校になった中学校に避難してきました。災害地に避難民が来て、しかも介護を必要とする方達で受け入れに苦慮しています。
何かできることはないか、というと下着と靴下が足りないとのこと、きょう焼け石に水かもしれませんが、大塚モスクと大観音光源寺の協力のもと、段ボール2つ分新品を送りました。

壊滅に近い山元町、新地町などの施設に入っていた町民も丸森に戻ってきました。町外の施設からも認知症や寝たきりの方達も避難されています。東北全体で過疎地の老人の多いところに災害が発生、インフラのないなかで少ない若い人たちで介護や診察をしなければならない現状が見えてきました。

以下、仙台在住で長年東北各地の町づくり、農業のあり方を考えつづけてこられた結城登美雄さんから電話で聞いた話をまとめます。

神戸の震災を都市型だとすれば、今回は漁村型、海辺の町が襲われたと言っていい。
阪神淡路は倒壊した建物と火災でなくなったが、東北・関東大震災では死者・行方不明者の9割が津波でさらわれている。

久慈のちかくの野田町では220艘の漁船のうち使えるのは3艘のみ。
気仙沼では漁船から油が流れ出して、大火災になった。
仙台の荒浜はNHKのドキュメンタリー『イナサ』の舞台だったが、あれに登場した漁師も含め7人なくなった。
石巻では茅葺きの熊谷産業の対岸の大川小学校で、83人中50何人なくなったが一切報道はされていない。

日本の海岸線な3万5000キロ。5、6キロごとに漁村があり、12キロごとに漁港がある。その漁船の9割が被害にあった。電気はまだ来ていないし、携帯の充電もできないので,集落はいまなお孤立している。

今回の特徴は、その漁民たちがもうもとに戻りたくない、恐い、と言っていること。補償金が出るとしても船の借金を返したら終わりにする、つまり廃業するしかないということ。そうすると日本人の魚の食べ物は入らなくなる。どうしたらやめないでもらえるか。
(農業についても今2、3%の農民で39%の自給率。農民の70、80%は60代以降、10年後には農家はほとんど廃業して日本は食糧に苦しむ国になる)

日本人は鮮魚を1年に5万5000円食べている。百人の都会生活者が6万円ずつだして一軒の漁業者を支える仕組み、そうすると600万の収入で漁業を続けられるのではないか。

農業ではCSA(コミュニティ・サポーテッド・アグリカルチャー)を提案しているが、漁業においてもCSF (コミュニティ・サポーテド・フィッシェリー)を考える。かつて唐桑で『お魚クラブ』を組織したが、東京の小売でけっこう高くなるので,多少送料はかかっても,安く新鮮な魚を直接届けるシステムが,たとえば唐桑と谷根千とかでできないだろうか。

ということでした。参考になると思い,書いて送ります。結城さんはパソコンもやらないので、自分の考えを伝えられればありがたいとのこと。

森まゆみ(2011年3月27日)



●震災日録 27日 森まゆみ
27日、森まゆみ発

第二のふるさと丸森の測定値がやっと見つかりました。東北大学測定、役場前で3月21日には1.48マイクロシーベルト/毎時です。荒川さんの計算方法では、20日ちょっと同じようにさらされれば国の決めた容量を超えることになります。50キロ圏。

12日のニュースで六ヶ所だかどこかの原子力関係の建屋で4人、作業員がなくなっていたように記憶しますが、あの続報はないのでしょうか?

被災地からは『買い占めに走る東京が許せない』『電気を使っているのは東京の連中だ』といった書き込みが目立ちます。震災以来、わたしは野菜を600円買っただけです。家庭で使う電気の量は東北でも東京でもそんなに変わらないのになあ。
わたしはアイロン、掃除機、皿洗い機は使っていません。あんな不便なものをなんで売っているんでしょう。去年はクーラーも使いませんでした。病気になって以来、電磁波が耳鳴りを呼ぶので。

27日2時、東京で初めての反原発デモが行われ、京橋公園から東京電力前をとおって日比谷公園まで歩きました。
妊婦さんや家族づれもいて、怒っているという人と、無力さを痛感しているというひとと二種類いるような感じでしたが、どちらも嫌がらずに発言してくれました。
これもNHK ニュースでやったのかな?
あさの『おはよう世界』ではやっていました。毎日見ていますが、けっこう大胆、率直です。外国のメディア経由で情報を得るとは。

日比谷は寒くて風邪引いてきょうはダウンです。(馨 編集)

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