建築史家でまちづくりオルガナイザーこと、九州大学藤原惠洋(ふじはらけいよう)名誉教授の活動と、通称ふ印ラボ(ここで「ふ」の文字は意味深長なのでちょっと解説を。ひらがなの「ふ」は「不」の草体。カタカナの「フ」は「不」の初画を指しています。そのまま解釈すれば「つたない」かもしれませぬ。しかし一歩踏み込んで「不二」とも捉え「二つとないもの」を目指そう、と呼びかけています。ゆえに理想に向けて邁進する意識や志を表わすマークなのです。泰然・悠然・自然・真摯・真面目・愚直を生きる九州大学大学院芸術工学研究院芸術文化環境論藤原惠洋研究室というわけ、です!)の活動の様子をブログを介して多くの同人・お仲間・みなさまにお伝えしています。 コミュニケーションや対話のきっかけとなるようなコメントもお待ちしております!

天草世間遺産 展
御案内
天草世間遺産探検隊 藤原惠洋
顧問 九州大学大学院芸術工学研究院教授 工学博士 建築史家

世間遺産の見つけかたと愛しかた
近年、新たな文化財の考え方は世界遺産や近代化遺産といった観点を生み出し、遺産に対する市民社会の関心や興味が募り出している。おおいに結構なことである。

文化財とは、広義で言えば「人類の文化的活動によって生み出された有形・無形の文化的所産のこと」である。すなわち、その国や地域においてかけがえのない歴史的、学術的、美学的、様式的に優れた価値を示す有形・無形の文化遺産である。それらは万人に認められた宝物として国や地域を象徴するものとして保護される必要があった。

より詳細に見ていけば、わが国では文化財保護法第2条第1項が、歴史上、芸術上、学術上、観賞上等の観点から価値の高い有形文化財、無形文化財、民俗文化財、記念物、文化的景観、伝統的建造物群の6種類が、指定等の有無にかかわらず「文化財」に該当する、と示している。同第153条には、文部科学大臣は文化財のうち重要なものを指定、認定、選定、登録、選択し、保護のもとにおくことができる。ただし指定等およびその解除にあたっては、文部科学大臣はあらかじめ文化審議会に諮問しなければならない、とある。

さて突然だが、ここで今回の天草世間遺産展を開催するにあたり、突如として結成された「天草世間遺産探検団」の私たちが探し求めた「世間遺産」とは何だろうか?

世界遺産や近代化遺産といった言葉が社会の中で流布されるようになった今、ずいぶんと身近な言葉となった感がある。だが、あらためてそれは何なのか。この展覧会で知る「天草世間遺産」認定物件を振り返ってみると、言葉にするのは簡単ではないことが知れよう。

そこで、昨今のわが国で「世間遺産」概念誕生と実際の認定活動に大きな役割を果たしてきた先駆のお二人に解説を加えていただこう。

別府の異才(註1)と称され、左官の手仕事や鏝絵、農村風景の中の積み藁、生活や暮らしの痕跡等から近代建築遺産、産業遺産、近代化遺産、土木遺産等に至る被写体を長らく撮りためてきた写真家藤田洋三氏(註2)。今回の天草訪問踏査は氏にとって41年ぶりの来島となった。そして鹿児島においてNPOかごしま探検の会を緩やかに率いながら世間遺産認定活動を幅広く展開している気鋭の東川隆太郎氏。地質学を専攻していた学生時代以来二度目の来島を果たして下さった。今回は幸運なことに、彼の先駆者二名が天草を歩き、みずから天草世間遺産の物件踏査に汗を流してくださった。その際、お二人をそのまま私は九州大学大学院芸術工学研究院公開講座に招待し、その壇上で「世間遺産の魅力」を語っていただいた。それが以下の解説である。

まず藤田洋三曰く「世間や娑婆を生きる職人や人の手わざがつくり出した造形の妙なることに感動しないではいられません。それは表現や芸術を目指したものではない。暮らしや生きて行くことに必要だったからこそ手技を効かせてこしらえたもの、生み出したもの、工夫したものなんです。いつものまなざしとちょっとだけ違ったところから見つめてやるだけで、不思議なかたちやどこへ辿り着くのか悩ましいズレの妙味等がたちまち魅力的な味わいを発散していく。それらを風化や時間がますます磨きをかけ、作り手の情念や情熱がいよいよ物語を濃くして行く。私はファインダーを覗きながら、それらを撮ってあげるのです。世間遺産とは、まさに私たちが見つめることによってあぶり出される遺産にほかならないのです」

一方、九州大学大学院芸術工学研究院公開講座20101018日の講演を通し東川隆太郎氏が強調したのは次の三点であった。

①人々の記憶を掘り起こしたい。

②人々の感情・感性を掘り起こしたい。

③人々に喜びと会話が生まれてほしい。

いたって簡潔・明快な世間遺産の枠組みである。そして東川氏は毎日のように鹿児島の通々浦々を歩きながら陸続と認定作業を展開し、それらを地元メディアを巧みに用いながら手厚く情報発信し続けている。

 

天草世間遺産をご一緒に見つめていただくことから

さて天草世間遺産である。先述の世間遺産哲学を共感しながら、私たちは天草のもうひとつの魅力や未だ隠された宝物、記憶、会話、情念、感性等を掘り起こすことを目的に天草世間遺産探検隊を結成することとした。時は201010月のことである。メンバーには、まず有り難いお二人を師範に戴き、そのうえで同好の士とも言える以下のメンバーを偶発的に集わせつつ実際の天草を歩くこととした。これが今回創建なった天草世間遺産探検隊の結成経緯にほかならない。

 天草世間遺産探検隊 201010月結成 事務局・九州大学大学院芸術工学研究院藤原惠洋研究室(福岡市南区塩原4-9-1

師範  
藤田洋三  写真家 作家 おセッカイ探検隊創設者 別府市在住
東川隆太郎 NPO法人かごしま探検の会 理事長  鹿児島市在住

顧問
亀子研二  天草宝島観光協会専務理事    天草市本渡町在住
金澤一弘  陶芸家 丸尾焼五代目  天草市本渡町在住
藤原惠洋  建築史家 工学博士 九州大学大学院教授  福岡市在住

隊員

金澤美和  陶芸家 丸尾焼 天草市本渡町在住

小林健浩  写真家 天草フォトクラブ代表  天草市本渡町在住

大石明彦  天草市役所商工観光課物産振興係長 天草市在住

梅本洋光  写真家 熊本市在住

古賀源一郎 魚屋 天草市議会議員 天草市商工会理事 天草おせっかい倶楽部代表 天草市天草町在住

金澤祐也  陶芸家 丸尾焼  天草市本渡町在住

金澤尚宜  陶芸家 丸尾焼  天草市本渡町在住

熊高さん   陶芸家 丸尾焼  天草市本渡町在住

坪水 剛  建築家 安藤建築設計事務所  豊後高田市在住

タカクラタカコ プラザ日田代表幹事 日田時報紙器印刷株式会社制作主任  日田市在住

仲村明代  小建築家 九州大学大学院芸術工学府博士課程 福岡市在住

  國盛麻衣佳   アーティスト 九州大学大学院芸術工学府博士課程 福岡市在住 

小井塚ななえ 九州大学21世紀プログラム4年 春日市在住

藤原旅人  アートプロジェクト研究者 福岡市在住

鄧瓊    九州大学大学院芸術工学研究院研究生 福岡市在住(中国・西安出身)

藤田さんの義弟氏 別府市在住

(以上、メンバー氏名は未定稿)

そして、未だ初歩的かつ未成熟未完のまなざしに過ぎないが、写真化した物件を広く天草市民・島民のみなさまに展覧・鑑賞し味わっていただくことで、このような近未来へ向けた天草観の創出が十分に意味と可能性を持つことなのかどうか一緒に見極めていただきたいと切望している。いつもの写真展と異なる本展覧会の主旨と構成には、このような私たちのささやかだが天草を愛してやまない視線と問題意識が反映されている。

どうぞ最後までごたんのういただければ幸いです。


 
註記

1950年大分県別府市生まれ。ライフワークとして全国の土壁、石灰窯、藁塚の撮影と取材を続けている。 著書に「近代建築史・ゲニウス・ロキ」別府産業経済研究会、「鏝絵・消え行く左官職人の技」小学館、「鏝絵放浪記」「藁塚放浪記」「世間遺産放浪記」以上石風社

2 数多い藤田評の中でも藤森照信東大名誉教授による書評は傑作であった。今週の本棚:藤森照信評 『世間遺産放浪記』=藤田洋三著(石風社・2415円)

全国を訪ね歩き撮影した無名の造形
世間にはヘンな人がいっぱいいる。どうでもいいことにやたらうるさいとか、やる気が実力をしのいでカラ回りするとか、会社でも地域でも見回せば一人は見つかる。選挙公報なんか読んでいると、ヘンな人の鉱脈の露頭を見るようだ。

ヘンな人と同じように、世間にはヘンな物がいっぱいある。人と同じで、さいわいそばの人しか知らないから、世間全体では話題にも迷惑にもならず隠れているが、近づいて眺めると放っておくにはおしい。

藤田洋三は、そういうヘンな物を求めて全国を歩き、これまで“鏝絵”と“藁塚”の本を出してきた。前者はコテエと読み、伊豆長八に代表される左官職人が蔵の壁などにコテで描いた漆喰(しっくい)の絵。後者は、ワラヅカと読み、稲刈の後、田んぼに作られる保存用のワラの山。いずれも、放っておけば消えてゆく無名の造形。絶滅危惧種。

人々の間の無名の造形となると、柳宗悦の民芸ということになるが、柳は、なぜかというべきか当然というべきか、自分の体より大きな物には目を向けなかった。限界とかいうことではないが、民芸の視線からはみ出す体より大きな物の領分に民芸的視点を向け、正確にいうと、柳的・民芸的というより、今和次郎的・考現学的視点を向けてきたのが藤田洋三なのである。

表紙の写真で、世間のヘンな物にはキャリアの私の目玉もまいってしまった。いったいこれは何なんだ。建物にはちがいないが、板壁の途中から塗られた土壁がそのまま屋根の棟の上までつづき、てっぺんで6本の筒(煙突?)となって突き出す。これだけでも用途不明、国籍不明、年齢未詳、意味不可解なのに、加えて右端の筒は根元からポッキリ折れて、屋根上にころがっている。

物もアヒルもいくつか並ぶだけで面白さが生れる。唐突に6本並ぶだけで十分面白いのに、加えて尻の1本がズッコケているのだ。元の建物は名作とはいえないが、写真は名作というしかない。

建築は、外からみて中が分かる、という性格を持つが、この6本筒建築は想像もつかない。

本を買ってページをめくるしかない。なかなか登場しない。「8 屋根もまた顔」の章に「176 鞘蔵 大分県中津市耶馬渓町」としてやっと登場。“さやぐら”なんて聞いたこともない。刀の鞘の蔵とも思えないし。解説を読もう。

「屋根の突起物は竹で編んだ泥柱。この建物はお米や漆器を収納した泥の匣(はこ)。台風で飛ばされてしまったかつての藁屋根の天井の間に生まれる空間は、火事の時、屋根だけ燃やして種籾(たねもみ)や家財を守る村人の知恵」

分かりにくいが、この上に乗っていた草葺(くさぶ)き屋根が台風で飛んだ後の姿なのである。屋根と倉を空間をはさんで切り離す防火の工夫を“置き屋根”というが、6本の泥の筒は置き屋根を支える支柱だった。それにしても、支柱を「竹で編んだ泥柱」で作ろうとは、燃えない柱を考えてのこととはいえ、ふつうの人のやることは専門家の想像を超えはしないが横にズレる。

10分類247件の物が登場するのだが、何例かひろってみよう。

「建築は働く」分類は、牡蠣灰(かきばい)窯(がま)、製材用水車、ゴエモン風呂のキューポラ、釣瓶井戸ほか全18件。釣瓶井戸や水車はある年以上の読者は思い浮かぶだろうが、他はむずかしいかもしれない。カキの貝殻を焼いて石灰を作るのが牡蠣灰窯。ヤジキタも入ったゴエモン風呂の大きな釜は、長州の防府が産地として名高かったそうだが、そのキューポラ(鉄を溶かす炉)。

「手の土木」分類は、ネーミングから内容がしのばれるように、村人の手でできるていどの土木構造物が19件。今ではほとんど見られない土橋がいい。土橋といっても丸太を渡して上に土を乗せ、草をはやして押さえた橋。高度成長前まで田舎では当り前だった。

「小屋は小宇宙」はこれはもう、「暮らしの中から生まれた、その土地にしか存在しない様々な小屋を求めて流浪(さすら)ってきた」という著者の独演会。ダイナマイト小屋にはじまり、洗濯小屋、杭小屋、真珠小屋、サクランボ小屋、ついには瓦屋根のバス停まで27件。

こんな調子で〆(しめ)て247件なのである。

どうして著者はこんな物を求め歩くのか。そうして採集された物を見て読んで、読者は何がうれしいのか。藤田洋三は「手の土木」のところで小さく答えている。「僕の精神安定剤」

そうかもしれない。大ブームの世界遺産も、世界と国民の精神安定剤なのだろう。世界と国民向けの薬もいいが、自分のために自分で探した「僕の精神安定剤」のほうが効くと思う。誰でも探せます。

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